メンバーが変わっても、組織のDNAは変わらない。
ブレックス「らしさ」で魅力のあるチームづくりを目指し続ける。

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Bリーグ初代チャンピオンに輝いた「リンク栃木ブレックス」。チーム創設から今までの約10年間、チームづくりに情熱を注ぎ続けてきた人物が、取締役副社長の藤本光正氏だ。
「栃木では無理だ、やめておけ」という逆風の中、マンションの一室で生まれたチームは、いかにしてチャンピオンへと駆け上がったのか。日本で一番有名なバスケットボール選手:田臥勇太選手の獲得をはじめ、低迷期を経てから現在まで右肩上がりに黒字が続く球団経営のエピソードから見えてきたのは、スポーツという枠にとどまらない、組織づくりにおける経営者の苦悩と喜びだった。
組織戦略によって実現されたブレックス優勝の軌跡を綴った、後編。

株式会社栃木ブレックス 取締役副社長 藤本 光正氏

インタビュアー
株式会社リンクアンドモチベーション 執行役員 モチベーションクラウド事業責任者 麻野 耕司

取材日
2017年9月1日

NBA挑戦中だった田臥選手を獲得できた舞台裏。

麻野耕司(以下、麻野):藤本さんがリンクアンドモチベーション出身(2006年新卒入社。当時、株式会社リンクアンドモチベーションの子会社だった株式会社リンクスポーツエンターテインメントへの転籍後、現在は資本関係のない株式会社栃木ブレックスの取締役副社長を務める)ということはあまり知られてないですが、リンク栃木ブレックス(以降、ブレックス)には、立ち上げ期から関わっているんですよね。

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藤本光正氏(以下、藤本氏):そうですね。2006年にリンクアンドモチベーションに新卒で入社したんですが、異動辞令が出て、その年の12月には栃木へ引っ越しました(笑)。実質は私一人が住み込みでやっているような状態で。6畳一間のマンションの一室で、「まずインターネット引かなきゃ」というところから始まったんです。チーム名も決まっていないし、選手もまだいない。「JBL」というリーグ名を出しても、周囲の人は誰もピンとこない時代でしたね。

栃木に引っ越したばかりの頃は、スポンサーのお願いに企業を回っても、バスケット協会の方にお会いしてビジョンをお話しても、口を揃えたように皆さんから「無理だからやめておけ」と言われました。「栃木は保守的で、大きな企業もないし、スポーツは根付かないから、可能性がない」と。でも、今のブレックスを見てもらえばわかるように、こんなに地域に根付いている。チーム発足時の周囲の固定概念にとらわれず、困難に見える状況にも「何か解決策があるはず」とチャレンジをし続けてきた結果だと思います。

実はブレックスというチーム名は、BREAK THROUGH(現状を打破する)という言葉の発音からつくった造語なんですが、チーム発足時から常に、常識や固定観念にとらわれずに動いてみる精神があって、今はそれがDNAになっていると思います。

麻野:田臥選手の獲得もまさに、BREAK THROUGHのDNAが発揮されたエピソードだと思います。

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藤本氏:ブレックスとしては2シーズン目となる2008年に田臥勇太選手が入団したんですが、こんな新参者のチームが田臥選手を獲得するなんてバスケットボール関係者は誰も思っていなかったと思います。その頃田臥選手はNBAに挑戦中で、日本中がその動向を見守っているような状況でした。でも、声をかけてみるというチャレンジだけはできるからと、ロサンゼルスのエージェントに電話をしたんです。対応は、当然のごとく「田臥はNBAしか考えていないから、アプローチしても意味はないですよ」というものでした。この段階では業界の常識が正しかったんですね。

普通だったらここで諦めてしまうかもしれません。でも、「なんとか粘ろう」と当時の社長の山谷さん(現:サイバーダイン茨城ロボッツ代表取締役社長の山谷拓志氏)と話をして、作戦を練りました。で、営業の方には覚えがあるかもしれませんが、「近くまで来たので資料置いていっていいですか作戦」をしようということになりました(笑)。なので、資料を持ってアメリカまで行ったんです、全くアポなしで。エージェントの方は、驚いていましたね、「本当にアメリカまで来たんですか?!」と。結果的に、エージェントの方と会うことができ、2時間近く話を聞いてくれたんです。せっかくの機会だからと、「どれだけ田臥という日本一の選手をブレックスに欲しいのか」を精一杯伝えました。

そして、その一ヶ月後にもまた、「近くに来たから」と言って、エージェントに会いに行ったんです。このときも話は聞いてもらえましたが、「あくまでも田臥はアメリカ挑戦中だからね」と、釘を刺されるような感じでした。「何かあったら連絡します」くらいのトーンです。

そうしたらその一ヶ月後に、突然エージェントから連絡が入ったんです。「田臥が日本に帰るから、ブレックスからオファーを出してくれ」と。驚いたなんてものじゃなかったですね。そこからは目まぐるしく進んでいきました。こちらからのオファーにもすぐに合意してくれて、数日後には来日し、入団記者会見をしました。日本中が、田臥選手の入団理由が気になっていたと思います。日本人で唯一NBAのコートに立った選手が、日本に帰ることが決まり、まだ誕生したばかりのチームに入団するわけですから。

今でもよく覚えているんですが、田臥選手がその時記者に返答していた入団理由は「ブレックスが熱心に誘ってくれたから」というものだったんです。バスケットボール界の常識の中で動けば、誰も田臥選手にここまで粘り強くアプローチなんてしなかったと思います。ですが、「常識を打ち破っていこう」、つまり「BREAK THROUGHしよう」というブレックスの精神に基いてチャレンジしたことが、良い結果につながった象徴的なエピソードだったと思います。

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麻野:「入りたいと言ってくれる人材から選ぶのではなくて、獲りたい人材を口説け!」ということは、採用コンサルティングの場面でもお伝えするんですが、まさにそのお手本のようなエピソードですね。成長している企業はそういう採用をやっています。

例えば、モチベーションクラウドで組織開発の支援をさせていただいている株式会社メルカリが採用した、ジョン・ラーゲリン氏は、Facebookでバイスプレジデントを務めていた人物です。マーク・ザッカーバーグ氏の直下で仕事をしていてFacebookのトップ20に入るような世界レベルの逸材を口説こうなんて、普通は考えないと思うんです。もの凄いエピソードだと思いましたが、田臥選手の獲得も同じようなインパクトがありますね。

新スローガン「BREX MENTALITY」で証明する、個人ではなく組織で勝ち続けられるチーム。

麻野:最後に今シーズンへの思いを聞かせてください。

藤本氏:改めて、「ブレックスとはどんなチームなのか」という根本に立ち返りたいと思っています。引退も含めてですが中心となっていた選手がチームを去り、新監督も就任して、顔ぶれが変わりましたが、人が変わったからチームが変わってしまうのではなくて、本来的な組織の「らしさ」は変わらないはずだと思っています。「ブレックスは普遍だ」ということを証明する一年にしたいです。その思いを込めて、今シーズン通してのスローガンは「BREX MENTALITY(ブレックスの精神)」としました。

「BREAK THROUGHの精神」、「決して諦めない気持ち」、「強く愛されるモチベーションあふれるチーム」、「チームを取り巻くすべての皆さんをリンク(連鎖)させる」。そういった、ブレックス「らしさ」とも言える考え方・精神性。これらを総じて、「BREX MENTALITY」と呼んで、チームの構成員が変わった今だからこそ、「ブレックスは面子が変わっても変わらずブレックスだね」と言ってもらえるチームにしたいと思っています。

メンバーがかなり入れ替わったので、チームの連携プレーが機能し始めるには時間がかかってしまうと思います。競合チームも、どんどん戦力アップを図ってきており、強豪ひしめく状況です。なので、正直今シーズンのチャレンジはかなり険しい道のりになると思っています。もしかしたら、なかなか勝てない状況が続いたりするかもしれません。しかし、そういう状況だからこその「BREX MENTALITY」というスローガンだと思っています。

「常に新しいことにチャレンジし、どんな困難に直面しようとも、必ず何かの打開策を見つけ出そう」という「BREAK THROUGH」の考え方が「BREX MENTALITY」の最も重要なパーツです。厳しさが予想されるシーズンだからこそ、まさにこの精神を大切に、仮に結果が出ない苦しいタイミングがやってきたとしても、下を向かず「どんなハードルが訪れても、必ず何か打開策を見出そう」という精神でシーズンを戦っていきたいと思います。

麻野:藤本さんがブレックスでの約10年間で学んだことは、監督も選手も変わっていく中で、普遍的に勝利を収めたり、ファンに愛されたりし続けるためには、メンタリティが大切だということですね。メンタリティが組織のDNAとして流れていれば、どれだけ人が変わったとしても、魅力的な良いチームがつくれる。今年のブレックスで証明してみせるという強い決意を、受け取りました。

藤本さんと私は今は所属する組織は違いますが、根底に流れる思想はまさに同じで、非常に嬉しく思いました。BREX MENTALITYで実現するチームの様子を、ひとりのファンとして、そして組織人事のコンサルタントとして、これからも応援したいと思います。

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前編となる、
組織戦略で掴み取った、Bリーグ初代チャンピオン。 プロバスケットボールチーム、リンク栃木ブレックス優勝の舞台裏。は、こちら