三木楽器【前編】
「190年の歴史を刻む企業のイノベーション」

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企業の寿命は30年と言われて久しい。最近では、“5年の命”といわれることもあるほど、ビジネスの変化はさらに激しさを増している。しかし、そのような世の流れに抗い、輝きを放ち続ける会社が大阪に存在する。それが、三木楽器株式会社だ。
創業は、なんと江戸時代に遡る。文政8年(1825年)にスタートした日本最古の楽器店は、190年を超える歴史を刻んできた。企業の継続の鍵は「イノベーション」。貸本屋として創業し、楽器の販売に事業を転換。その後、教室ビジネスや音楽イベントの企画・運営へと手を伸ばす。
そして、「高校生バンドの“甲子園”」というコンセプトのもと「スニーカーエイジ」という高校生のバンド大会を企画・運営し、日本各地に展開する。さらには、異業種とのコラボレーションを進める起点となる「音楽に関する研究所」を設立。「楽器を売らない店」を展開するなど、次々と業界の常識を打ち破ってきたリーディングカンパニーだ。
三木楽器が長い歴史を継続し続ける秘訣とは?歴史の上でイノベーションを起こし続ける企業に迫る。 

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■三木楽器株式会社(MIKIGAKKI Co.,Ltd)
本社所在地:大阪府中央区
営業拠点:楽器店10店舗・音楽教室43会場・外販営業拠点 ほか
事業内容:
1)楽器・楽譜の販売
2)音楽教室の運営
3)音楽イベントの企画・制作
4)楽器修理、ピアノ調律ほかアフターサービス
5)楽器および付属品の開発、楽譜の出版
6)その他、音楽/楽器関連事業
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【プロフィール】
三木楽器株式会社 代表取締役社長 古山昭 氏

【執筆者】
株式会社リンクアンドモチベーション モチベーションエンジニアリングカンパニー
マネジャー 谷原拓也

楽器を売らない「楽器店」

三木楽器は「楽器店」の常識を覆してきました。その象徴的な店舗が2015年にオープンした「楽器を売らない」楽器店“DZONE”。扱う商品は、これまで三木楽器が扱ってきた「楽器」ではなく、ヘッドフォン・イヤホン・スピーカーをはじめとした音にまつわる様々な商品です。 

また、イノベーションの起点となったのが、2013年に開設した音や音楽の研究所、“MIKI MUSIC Lab”。グランフロントOSAKAのナレッジキャピタルに出展していることを活かし、業界を超えたコラボレーションにより、音や音楽による世の中の課題解決に取り組んできました。その結果として、例えば、電気自動車ベンチャーとの協働により、電気自動車の音を作った事例があります。電気自動車には音がありません。ですが、そのまま走ると歩行者は自動車の存在に気づけずに危険です。

そこで、三木楽器が音を開発し、電器自動車に活用していただくことで安全性が高められました。このように、世の中には「音」で解決できる課題が数多く存在します。それらを解決しようとしたときに、真っ先に声の掛かる存在でありたいと私たちは考えています。

om_image_20170603_03国の登録有形文化財に登録されている、三木楽器本社ビル

イノベーションの裏にある危機感 

私たちが、このように新たな取り組みにこだわるのには、理由があります。それは、国内の楽器のマーケットが年々縮小しているからです。第一に、音楽の潮流として、ダンスやDJなど、楽器を使わない音楽が増加しています。バンドブームの時代に比べると、楽器が使われなくなっているのです。 

もうひとつの流れとして、楽器業界、中でも音楽教室のビジネスは、音楽を習い事とする子供たちを大きな顧客としてきました。しかし、少子高齢化によって、子供の数は毎年減っています。さらには、昔よりも習い事の選択肢が増え、音楽が選ばれにくくなっています。かつては子供の習い事といえば「ピアノ」という時代がありましたが、今では、その選択肢も「ダンス」「英会話」など多様化しているのです。 

このように、マーケットが縮小する中で過去の成功パターンの継続だけでは生き残れないという危機感が根底にあります。思い返せば、三木楽器は、これまでも厳しい外部環境を何度も乗り越えてきました。

創業時は、貸本業からスタートした三木楽器は、演奏に関する書籍に事業の中心を移し、さらには楽器販売へと大きく舵を切りました。時代の節目にイノベーションを起こし、成功させてきたからこそ、現在の三木楽器があるとも言えます。業界の垣根がなくなり、グローバル化が進む今こそ、時代の変化の波を捉え、イノベーションを起こさなければなりません。今でこそ、このような危機感が社内でようやく浸透しつつありますが、ここに至るまでは長い道のりがありました。

「サファリパーク」から「Our Company」へ

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2008年、私は三木楽器の専務に就任しました。その頃の三木楽器は、言うなれば個人商店の集まりでした。外部の方からは「三木楽器は、まるでサファリパークのようですね」と評されるくらい、個々人が好き勝手に自分のやりたいことに注力するバラバラな状態だったのです。例えば、複数の部門が同じ商品を販売し、社内競合が起こる状況もあるくらい、部門と部門の間には高い壁がそびえ立っていました。そこで、私は組織を創り直す覚悟で変革のプロジェクトをスタートさせました。

三木楽器には、大切にしている理念があります。“Our Company”つまり、会社とは従業員一人ひとりのものであり、みなで創り上げるものである、という考え方です。そこで、変革プロジェクトの名前は“Our Company Project”としました。これは非常に三木楽器らしい名前でした。プロジェクトには部門を超えてメンバーを集め、部門間の相互理解と、経営と現場の意思疎通を図りました。この“Our Company Project”は、毎年メンバーを入れ替えながら、今も継続的に実施しています。

「ベクトル合わせ」がイノベーションの鍵 

2011年に私が三木楽器の社長に就任したタイミングで、次なる変革を仕掛けました。それは、ビジョンの策定です。こだわったのは2点。ひとつは、現場の従業員の参画型でつくること。これは“Our Company Project”のメンバーの意見をもとにつくりました。そして、イノベーションを加速させる表現にすること。そこで、ビジョンから敢えて「楽器店」という表現を外しました。できあがったのは、次のようなビジョンです。

「三木楽器は、世界に類のないミュージックエクセレントカンパニーになる。」 

楽器という枠を超えるために選んだのは、「ミュージックエクセレントカンパニー」という言葉です。私たちは、モノだけではなく、コトも扱う。商品だけではなく、サービスを生み出すという意味を込めています。また「世界に類のない」というのは、世界でオンリーワンの存在になるという想いを込めています。 

ビジョン策定からはや6年が経ちました。かつて「サファリパーク」と称された三木楽器も、今ではビジョンの実現に向けてベクトルが揃ってきていると感じられるようになりました。「世界に類のない」という意味合いでは、世界中の演奏家が集まるオンリーワンの店舗が生まれました。「ミュージックエクセレントカンパニー」という意味合いでは「楽器を売らない楽器店」が誕生しました。

ビジョンの方向性が具体化されたことで、それを体現する取り組みが一般社員にも拡がりつつあります。最近では、店舗のいちスタッフが「楽器」と関わりのない商品企画を考えました。その企画は、大成功を収め、収益に大きく貢献してくれました。言葉で掲げたビジョンが、社員一人ひとりの努力により、まさに形になりつつあるのをひしひしと感じます。

 

三木楽器【後編】「創業200年に向けた現場起点の『イノベーション』」は、こちら