
AIで「若手が考えなくなった」は本当か——パラシュート型育成という処方箋
最近、複数の管理職から、似たような相談を受けることが増えました。
「新卒の若手がAIで作った資料を持ってきた。構成もデータの引用も、一見よくできている。でも『なぜこの構成にしたのか』と聞いた瞬間、しばらく黙ってしまう。返ってきたのは『AIに聞いた方が早いと思って』という一言だった」。
こうした声は、決して珍しいものではありません。「若手がAIを使って作った資料を、結局自分が手直ししないといけない」「若手が指示待ちになった気がする」。「AIによって、若手が考えなくなっている」という実感は、いま多くの現場で共通して語られています。
実際、AIによる代替可能性が高い職種では、22〜25歳の若手雇用が減る一方でシニア層の雇用は増えているという調査結果(※)もあります。AIによって仕事がコモディティ化し、若手の採用枠そのものが変化へと向かう中、AIと共に働く若手を、これからどう育てればよいのでしょうか。
技術の進化は、「考える力」を奪うのか
技術の進化が人の能力を奪うという議論は、今回が初めてではありません。かつて電卓の登場で「暗算力が衰える」、検索エンジンの普及で「記憶力が落ちる」と危惧された時期がありました。
しかし実際には、計算の手間から解放されたことで、人は統計学のような、より抽象度の高い領域に取り組めるようになりました。検索も同じです。情報を集めること自体は容易になった一方で、大量の情報の中から何を選び、どう組み合わせて結論を出すかという判断力が、むしろ求められるようになりました。
AIも、この延長線上にあります。タスクの実行はもちろん、考えるプロセスの多くもAIに任せられるようになった今、人間に求められるのは「判断すること」です。
そんな中で「若手が考えていない」ように見えるのだとしたら、それは判断を求められる仕事を任せていないからではないでしょうか。電卓が生まれたのに計算ドリルばかりやらせていたら、統計学の力は身につきません。
山登り型からパラシュート型へ
これまでの育成は、いわば「山登り型」でした。基礎から応用へ、決まった順番で経験を積み上げていく。かつてはその過程そのものが、若手にとって考える力を育てる場でもありました。
しかしエントリーレベルの仕事の多くをAIが代替できるようになった今、登り口の階段そのものが消えつつあります。同じ仕事を渡しているだけでは、もう成長にはつながりません。AIが引き受けた分だけ、若手に任せる仕事のレベルを上げていく必要があるのです。
これからの育成は、本人の実力よりも高い目標地点に先に立たせ、そこに到達する過程で生まれる差分から学ばせる「パラシュート型」へと変わっていきます。これは目新しい概念ではなく、経営学者の金井壽宏氏が示した、経営幹部育成における「一皮むける経験(修羅場経験)」とも通じる、人材育成の王道への回帰と言えます。
具体的には、これまで若手に任せてこなかったような難易度の高い仕事を、AIと共に最初から任せてみます。ポイントは、AIを「成果物を作る道具」としてだけでなく、「学びを深めるための道具」として使うことです。
高い難易度の問いに向き合い、AIとともに成果物を仕上げたうえで、管理職からのフィードバックを受け、若手自身がAIを使って「何ができていて、何が足りなかったのか」を振り返る。この「差分から学ぶ」プロセスこそが、若手自身の本質的な理解を深めていきます。
AI時代に若手を育成するために必要なのは、AIの使用を制限することでも、若手の意識改革を促すことでもありません。育成の仕組みそのものを変えることです。AIによって、若手の育成のかたちは大きく変わろうとしています。これは脅威ではなく、これまで以上に早く、大きく人を育てられるチャンスなのです。
※ Erik Brynjolfsson, Bharat Chandar, Ruyu Chen「Canaries in the Coal Mine? Six Facts about the Recent Employment Effects of Artificial Intelligence」Stanford Digital Economy Lab Working Paper(2025年)




