『年輪経営』伊那食品工業 取締役会長 塚越寛氏【2/3】 「社員とともに、苔むす会社を目指す」
経営者に読み継がれる名著「リストラなしの年輪経営」、そしてグッドカンパニー大賞グランプリ受賞(2007年)をはじめとした数々の受賞。そして塚越寛会長個人としては旭日小綬章(2011年)を受賞。
長きに渡って経営者からの関心を集め続ける、長野県に本社を構える寒天のトップメーカー伊那食品工業株式会社。
手入れの行き届いた樹木と美しい苔に囲まれた広大な敷地は、自由に地域住民が出入りする。この開かれた場所で営まれ続けている「年輪経営」とは何か。
短期の利益追求を迫られる現代社会とは一線を画し、社員だけではなく取引先・得意先など自社にかかわるすべての人たちとともに、着実に成長し続けることができる理由は何なのか。
伊那食品工業株式会社の塚越寛会長の信念の宿る経営論を全3回シリーズでお送りする、第2回目。
【プロフィール】
伊那食品工業株式会社 取締役会長 塚越寛 氏
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「年輪経営」とは何か
私は、伊那食品工業の経営のやり方を「年輪経営」と呼んでいます。毎年の成長度合いは同じでなくてもよく、前の年よりも大きくなっていることが大切です。
樹木の年輪の幅というのは若い樹木ほど大きく、年数を経るほどに小さくなっていくということが、自然の摂理です。しかし、樹木全体の容積は年々大きくなっているはずなので、成長の絶対量は大きくなっているということも忘れてはいけません。
会社経営をしていれば、いいときも悪いときもあります。悪いときでも、少しでも成長を続けることです。むしろ、いいときに、市場の影響を受けて急激に成長してしまうことに気をつけなければいけません。
そう思うのは、健康志向から派生した寒天ブームがあった2005年の経験からです。
求めているお客さまがいるのであれば応えようという思いから、昼夜を徹しての増産に踏み切りました。ですが、寒天ブームは1年で収束。伊那食品工業としては、設備投資まではしなかったため、大きな痛手は被りませんでした。
ですが、急激に1年間だけ売上が伸びたことで、当然翌年は、売上も利益も前年を下回ることになり、その後数年間は後遺症を抱えました。
寒天ブームを経験したことで改めて、一過性の急激な成長ではなく、成長をし続けることの大切さ・正しさを知ることになりました。年輪経営とは、樹木の年輪のように、少しずつ確実に成長していくことなのです。
共感とともに広がる「年輪経営」
年輪経営について詳しく聞きたいと、いつからか、多くの経営者が訪ねてこられるようになりました。
その中でも、ビジネス誌でも対談させていただいたこともありよく話題になるのが、トヨタ自動車株式会社の代表取締役社長豊田章男さんです。年輪経営に大変共感してくださって以降、長年親交が続いています。
2014年3月期の決算説明会の社長のお話にこうありました。
「・・・急成長しても、急降下すれば多くの方にご迷惑をおかけする。『持続的な成長』が最も重要だということも学びました。かつて、台数が急増し、会社が急成長した裏側では、会社の成長スピードに人材育成が追いつかず、従業員や、関係者の皆様の頑張りに依存した無理な拡大を重ねていました。リーマン・ショックによる赤字転落や、大規模リコール問題もそうした中で起きたものだと思います。木の幹に例えれば、ある時期に急激に『年輪』が拡大したことで、幹全体の力が弱まり、折れやすくなっていたのだと思います・・・」。
これはまさに、年輪経営そのものです。
トヨタ社は、連結で35万人近い社員がいる、知らない人がいないほどのパワーのある会社であり、トヨタ社の変化は日本の変化につながると信じています。
日本がよくなることに貢献できるならこんな幸せなことはないと思い、お声がかかる度に、各社に出向いて年輪経営を伝え続けているのです。
経営者は教育者
また私は、会社のトップは教育者でなければいけないと、常々思っています。社員を正しい方向に導いていく必要があり、ときには罷免権をも行使する必要があります。それだけの責任を持つということです。
とは言え私は、普通の人間の生活をしていて、何ら特別変わったことはありません。ですが、ひとつだけ徹底していることは「人様に絶対に迷惑をかけないこと」。これは自分自身にだけではなく、社員にも強く伝えていることです。
それからできることならば、迷惑をかけないで終わらずに、少しでもお役に立てればいい。
例えば、駐車。病院やスーパーで、少しでも離れた場所に車を停めることを徹底しています。急いでいる人・身体の調子が悪い人・小さい子どもを連れている人、入り口から近い場所に駐車したい人はたくさんいるわけです。
自分が健康で、譲って差し上げられるなら、皆でお役に立とうよというわけです。
他にもこんなことがあります。時折、社員と居酒屋で外食することがありますが、そろそろ帰ろうかという頃になると、誰からともなく自分たちが使ってたお皿をさっと片付けて、テーブルを拭いて綺麗に整えるのです。
お客だからしてもらって当然ではなく、お店の方に少しでもお役立ちできるようにと、自然と片付けができる社員たちなのです。
また、本社敷地内はかんてんぱぱガーデンという名称で、地域の方に開かれた場所になっています。レストランやホールなどの施設をはじめ、朝から行列ができるほど地域の水源となっている水汲み場もあります。
約3万坪ある広大な敷地にもかかわらず、枯葉は落ちていないのです。これは、社員が始業時間の前に自主的に手入れを行っているからです。週末に会社に来て、掃除をする社員もいます。
誰も強制していないし、当番制にしているわけでもありませんが、一人ひとりが率先して行っているのです。
そしてついには、社員の行き届いた手入れによって、赤松の根元に苔が生え始めました。苔は、木があり十分に手入れされた場所にしか生えないものです。手入れをしっかり続けて、いつか苔むす会社を実現させたいと思っています。
色々とお話ししましたが、一番お伝えしたいことは、我が社の社員たちは、社会人として本当に立派だということです。そのことを、いつも誇りに思っています。
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※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。