昭和シェル石油の「エンゲージメント経営」 96%の社員がダイバーシティ&インクルーシブネス推進を有効と実感できる組織へと変化

SHARE

「エンゲージメント経営」をテーマに迎えるゲストは、昭和シェル石油株式会社の執行役員 人事部長である久野村務氏。変化に対応しなければ生き残れないこれからの時代において、同社は経営戦略の中にD&Iを据えている。次の100年を生き抜くために、経営陣を巻き込んで打ち出した施策を紐解く。


【プロフィール】
昭和シェル石油株式会社 執行役員 人事部長 久野村 務氏
株式会社リンクアンドモチベーション 取締役 川内 正直

エンゲージメント経営を実現することで企業価値も上昇する

川内正直(以下、川内):本日、「昭和シェル石油が実践するエンゲージメント経営とは」というテーマでお話いただく前に、最初にエンゲージメントについて、また私どもが開発している「モチベーションクラウド」について簡単に説明させていただきます。

エンゲージメントとは「従業員と企業の結びつき」を指します。企業が提供するものに従業員が満足するだけでなく、企業が従業員に対する期待を伝え、従業員もコミットしていくという双方向のやりとりが成立しているのが特徴です。そのようにして従業員一人ひとりが主役となって推し進めていく経営を「エンゲージメント経営」といいます。エンゲージメント経営を実現することによって、企業の風土は大きく変わっていきます。企業が抱える課題解決への道筋が見えてきたり、従業員のモチベーション向上が生産性のアップにつながったりした結果、企業価値も上昇していくことになります。

私どもが開発したモチベーションクラウドは、エンゲージメント経営を実現するためのクラウドサービスです。実際に施策に取り組むにあたっては、まず組織の現状把握をした上でPDCAサイクルを回すことが重要となります。モチベーションクラウドでは3840社90万人と国内最大級のデータベースをもとに、組織を偏差値的に捉える「エンゲージメントスコア」を算出することができ、このスコアをもとに現状把握が容易になります。エンゲージメントスコアが高ければ高いほど、組織の状態がよくエンゲージメント経営が実現できている目安になります。また、スコアは業績とも相関関係があるという分析結果も出ております。定期的に社員のエンゲージメント度合いをはかるサーベイを行うことで、組織状態が可視化・数値化され、組織改善のためにはどのように施策を立てていくべきなのかといった点が分かるようになってきます。

「総合エネルギー企業」への脱皮でリーディングカンパニーを目指す

川内:それでは久野村さんから、会社の概要と事業内容の紹介、そして、昭和シェル石油がどのような取り組みをされているのかをお話いただきたいと思います。

久野村務氏(以下、久野村氏):昭和シェル石油の久野村と申します。昭和シェル石油は、昭和石油とシェル石油が合併し誕生いたしました。創業は1900年ということで、100年を超える歴史を持つ企業です。

事業内容としては、基盤となるのが石油事業です。国内の石油需要が年々減少しているのはご存知の通りで、当社としても総合エネルギー企業への脱皮を掲げています。グループ会社のソーラーフロンティアでの太陽電池事業推進や、再生エネルギー等によっていかに分散型エネルギーモデルを作っていくかといった事業を展開しており、「次の100年も輝き続けるリーディングカンパニー」をテーマに活動しております。

昭和シェル石油発足30年となる2015年には、今後目指すべき姿を明確にするために「私たちのエネルギーで未来を元気にします」という経営理念を制定しました。それ以前にも経営理念はありましたが、従業員全員から「大切にしたい価値観」や「目指すべき方向」についてのキーワードを募集し、それらを包括できる経営理念を皆で作り上げました。同時に「社会的使命」「顧客志向」「先進性」「活力」「持続的成長」という5つの企業活動規範を作り、実践しています。

本日は「D&I(ダイバーシティ&インクルーシブネス)」の推進を中心にお話しさせていただきたいと思います。D&Iとは多様な人材を受け入れて、それぞれの違いを尊重しながら活用していくという取り組みです。比較的、画一的な文化で歩んできた我々のような資本集約型の装置産業が前に進もうとしている様子を極力リアルにお伝えしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

ダイバーシティ&インクルージョンはCSRの一環ではなく、事業戦略のエンジン

川内:早速ですが、昭和シェル石油のD&I推進について詳しく伺えますでしょうか。

久野村氏:当社のD&I推進活動が本格的に始動したのは2015年の10月からです。「Women’sネットワーク」という名称で、女性管理職が部門を横断してチームを作り、どのように女性の活躍をサポートしていくかがテーマでした。もともと当社は2002年にD&Iの基本方針を策定していましたが、40歳以下の社員の女性比率は約40%なのに対し、アンケートでは管理職を目指す女性社員が3割ほどしかいないという結果が出ました。そのため早急に女性若手社員の育成が必要となり、本格的なD&I推進のターニングポイントとして「Women’sネットワーク」が発足したのです。

具体的な活動としては10人程度の分科会を開き、リーダーの女性管理職にキャリア形成やモチベーション、ライフイベントへの対処といったリアルな話を語ってもらいました。他には女性管理職のさらなる成長を目的として、女性管理職に役員メンターをつけたり、他社とのネットワークづくりなどの活動を行っていました。

ところが1年くらいたった頃、メンバーから「女性が活躍することがD&Iなのか」「男性も含めた全社員で取り組むべき活動ではないのか」といった声が出てきました。すぐに結果が出ず手応えを感じることができないジレンマから出てきた声だったと思います。また、2019年4月に経営統合する出光興産と交流を行う中で、当社の社員はビジョンや価値観を語ることに慣れていない点が浮き彫りになりました。改めて、大切にしてきた価値観が何だったのかを考えたときにD&Iが挙がってきたのです。

こうした背景を踏まえ、社長がD&I推進に取り組む理由を2017年の年頭訓示で発信しました。想定外のことが頻発する環境だからこそ、原点に戻って軸を持つことが大切だと。では我々の軸は何なのかというと経営理念であり、その中に「活力」という活動規範がある。活力というと、やはり多様な能力や価値観が尊重される環境が必要で、強い意志で変革を実現する土壌を作っていく必要がある。そのために当社はD&Iを経営戦略として推進する、ということを語ってもらいました。D&I推進目的は、社員1人1人がさまざまな違いを受け入れて多様性を活かし、組織の力を高めてイノベーションを起こすこと。CSRの一環とか社会から求められているからというような受動的な話ではない、と社員間で確認し合ったのです。今では中期事業戦略を推進していくエンジンとして「競争力のある人材」と「D&Iが浸透した組織風土」が位置付けられています。

人事の施策もD&Iの実践を軸にして、採用から教育体系、風土作りや人事制度のあり方まで、一貫性を持ったものに変えていきました。活動の例としては、新たに2つの部門横断のネットワークチームが生まれました。ひとつは「D&I風土醸成チーム」で、女性だけではなく全社に向けて、D&Iをなぜ推進するのかを正しく理解してもらうために活動しています。それから「匠ネットワーク」。シニアの社員がプロのコーチの資格を取得し、新入社員へのコーチングを実施したり、知識や技術を伝承できるいわゆる知恵袋的なサイトの展開などを行っています。

この取り組みのKPIは、縦軸は直接的・間接的成果、横軸は社外・社内インパクトという切り口で設定しております。やっぱり一番大切なのは右上の、社外インパクトかつ直接的成果につながる部分ですね。定量的な目標設定は難しいのですが、新商品・新サービスの開発や、新しい戦略実行によってビジネスへの貢献がなされている状態であることを、何らかの形で計るというKPIになっています。

96%の社員がD&I推進を「有効」と実感できる組織に変化

川内: D&I推進のために、モチベーションクラウドをどのように活用していますか。

久野村氏:KPIを設定する上で、モチベーションクラウドのサーベイを活用しています。対象はグループ会社まで含め、実施するのは年に2回です。

主な成果ですが、まずは採用において明確に効果が出てきたかなと感じています。D&I実践を前面に出した会社説明会や、会社として大事にしている部分をリクルーターの社員に語ってもらうことで内定応諾率も上がり、女性比率も43%と多様な学生を採用することができました。キャリア採用も、2016年の時点では2名のみですが、2017年は30人、2018年は9月の時点で19名の採用に成功しています。女性管理職の比率も増加し、2015年時点では13名だったのが2018年9月時点では19名へ増えてきました。

また意識調査の結果、96%の社員がD&I推進目的を正しく理解していることも分かりました。研修体系も変えていったのですが、96%の受講者が新しい研修を「満足」というレベルではなく「有効」と答えてくれています。あとは在宅勤務制度の拡充、サテライトオフィスの展開、育休復帰者のフォロー体制の見直しも行いました。最後に社内ビジネス提案制度では265件のアイデアが出まして、新しい事業展開も見えてきました。

課題としては、D&Iの理解は進んでいるもののインクルージョンという部分がまだまだです。特に40%の社員は「上司が能力開発にかかわっていない」と考えている。受容性は生まれてきているものの、積極的・能動的なリーダーシップという点についてはまだまだなのかなと思います。特に中間管理職のインクルージョン能力が大きな課題になっています。

なお、さまざまな施策を進める上で人事部は「多様な強い個×化学反応を起こす」という活動キーワードを設定しています。ちなみにこの絵は先ほどのネットワークメンバーが立案してくれました。「1+1=無限」というコンセプトで、ポスターを張ったりスクリーンセーバーにしたり、いろいろな形で土壌づくりに取り組んでいます。

組織の変化が数値として可視化されることで、社員が効果を実感する

川内:スライドにもあったKPI一覧ですが、全体像を掲げながら全部押し並べて進めていこうとされたのか、それとも「まずここから変えていこう」と決めたのでしょうか。どのような順番で取り組まれたのかなと。

※再掲

久野村氏:やはり左下の「職場内の効果」が重要になってきますね。社員のモチベーションが上がり雰囲気が変わってきて、成果としてエンゲージメントスコアの評価が上がる、というところです。サーベイのスコアが上がってきたところが、まずKPIの起点になると思います。加えて外部にも評価されていることを社員が認識すれば、やっぱりモチベーションも上がってくるんですよね。そうすると結果的に生産性も上がり、残業時間も減り、有給取得率も増えることに繋がる。間違いなく繋がるということを断言するのは難しいところではあるんですけども、ここは信じてやるしかないと思っています。

川内:定量的な目標を掲げることと、変えやすいところから変えて成果をアピールしていくことが重要になってくるんですね。経営陣を上手く巻き込みながら推進されているのだと思うのですが、説得方法についてもぜひお聞かせいただけますか。

久野村氏:先ほどの話にもありましたが、「Women’sネットワーク」のメンバーから不満が出たとき、実はその声が社長にも届いていました。それである時社長に呼ばれて、「目的が違うんじゃないか?」という話になり、「では再定義してみましょう」と働きかけたんです。今から思えば、そういったチャンスを逃さず上手く活用しながら、活動のガイドとなるものを作っていくことがポイントだと思います。実際に訓示があって、経営的な資料にD&Iという言葉が入ってくると、「社長は本気なんだな」ということが社内に伝わっていきました。ベタですが、「自分たちも協力しながら変わっていかなきゃいけないんだ」という思いが徐々に広まっていったんですね。ストーリーに沿って、要素をうまく合致させていくことも重要だと思います。

川内:なるほど、ありがとうございます。最後に、現場を巻き込んでいく上で行っていた工夫やヒントをお伺いできればと思います。

久野村氏:大きく4点ありますが、一つ目は「なぜこれに取り組むのか」という目的を経営トップがあらゆる場面で何回も語ることが大事だと思います。当社では、四半期に1回全社員に向けて行うタウンホールミーティングの場などを活用して、社長が何回も語りました。人事は人事で、いろいろな研修で繰り返し同じことを語りましたね。二つ目、あえて専門組織を作らなかったことです。部門横断のチームで自主的な活動にしていたというのはこだわっていました。専門部署を作るとどうしても「その部署がやるんでしょ」となってしまうので。

三つ目は、社員にリクルーターになってもらい、自分の言葉で語ってもらうことも効果的だったと思います。まずしっかりワークショップを実施して、「自分だったらどう語るか」を訓練してからリクルーター活動に入る。学生に語ってもらうことで社員自身の中に浸透していったのが効いたのかなと。最後は研修体系を変えて、現場で活用できる「武器」を与えることへ変化させたことです。職場での小さなイノベーションであっても起こし方のコツがありますし、仕事の生産性を上げるには働き方変えていく工夫が必要です。そのヒントになるよう様々なテーマで研修メニューを用意しました。特に若手社員の意識はけっこう変わってきているので、研修体系の変更は有効だったと思います。

川内:ポジティブな感覚を持って現場を巻き込むのが大事ですね。それでは、会場からも質問をお受けしたいと思います。

参加者:専門組織を作らず部門横断でプロジェクトを行うことについてですが、つまり掛け持ちで仕事をされるということですよね。そうすると提案の準備や運用を行うまでにかなり日数がかかってしまうこともあると思うのですが、どのように運営されていたのでしょうか。

久野村氏:確かに部門横断のチームとなると、縦のラインからすれば自部署のメンバーが1ヶ月に2日とか取られるわけで、いろんな意見が出ます。そこで今は、部門横断の活動をMBOに組み込んでいます。プロジェクトのオーナーが評価するという形を取って、仕事のひとつであると明確にしています。あとは敢えて部門横断のチームを増やして、社員の日常業務の一部は部門横断の業務であっても普通の状態をつくる。そういう状態が徐々に浸透していくと、不満も減ってきました。

出光興産との経営統合によって、化学反応と文化の融合を実現する

川内:では最後に、今後の展望や思いについてコメントをいただければと思います。

久野村氏:初めにも申し上げましたが、我々は出光興産と経営統合を控えています。純日本的な企業と、我々のような外資系のDNAも持つ企業が上手く組み合わされば、本当に良い化学反応を起こせると思っているんです。その化学反応をビジョンとして社員に上手く示して、具体的な施策に落とし込んでいければ面白い会社になるんじゃないかなと考えています。また「日本文化と西洋文化の融合が、社会や環境にどういう示唆を与えることができるのか」といったリベラルアーツ的な観点にも踏み込み、社員の共感を得ていきたいと思っているところです。

川内:エンゲージメント経営においては、正解があるわけではなく、各社ごとに違うのが大きな特徴になるのではないかと思います。その中でPDCAサイクルを回しながらビジョンを提示し、施策を進めていくことがポイントになりますね。本日は貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。

※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。

公開日:2019.01.11

SHARE

組織の課題を
解決するために