波頭亮氏×麻野耕司 「組織文化こそが、企業経営最大のリソース」
日本で最も有名な経営コンサルタントの一人である、波頭亮氏。
波頭氏の著書「組織設計概論」は1999年に発行されて以来、組織経営に関わる全ての人間のバイブルとも言われ読み継がれている。
リンクアンドモチベーションの麻野も、波頭氏の同書を繰り返し読み深めてきた一人だ。
今回、両者がニュース共有サイト「NewsPicks」のプロピッカーだったことから初対面が実現。
戦略を設計するだけではなく組織変革の現場を伴走し、HRの最前線に立つ二人にしか語れない、濃密な対談となった。
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強い会社には、強烈な文化がある
麻野:私自身常日頃から、組織や人事のことが経営や事業と分断して語られてしまうことに問題意識を持っています。
人事部は人事部の中で閉じて人事施策を展開し、会社の事業戦略や組織戦略・人事戦略とリンクされていないことが多い。
波頭さんの書籍(組織設計概論)の中でも、戦略と組織が整合されていることが大事だということが述べられています。
しかし、これからは単に、オペレーションだけを回すオペレーション人事ではなくて、戦略人事として、きちんと事業と組織や人事をリンクさせていかないといけない。
ただ、何から考えていけばいいのかということがわかりやすく提示されている資料や書籍が少ないと思っています。
波頭さんはどのように組織戦略・人事戦略のあり方を捉えていらっしゃいますか。
波頭亮氏(以下、波頭氏):どの企業にとっても良いと言える普遍的な組織制度・カルチャーなんて存在しません。あるべき風土も成果指標も、プロセス管理やマネジメント指標も企業毎に、戦略毎に全て違うはず。
つまり、何によって良い組織運営制度とするかの判断基準となる事業活動の成果や組織運営の効率を、いかに捕捉するかということがまず組織戦略の第一歩となるわけです。
第一に、業界特性があります。良い組織、良い運営制度に大きな影響を与えるものとして、鉄鋼業界とファーストフード業界では、良き意思決定の姿は全く異なります。
次に重視すべきは、その企業の事業特性です。トヨタとホンダでは強みや戦略タイプが違うわけですから、その個性に適合的な人事制度も意思決定ルールも異なって然るべきです。
つまり業界特性を反映した制度や文化であっても、その企業固有のものがないと、標準的なものでは、差別化された戦略展開とか、他社を上回ってやり遂げる執行力の強さの源泉にはならないということです。
まず、業界特性を踏まえた上で考えることが必要条件。その上で、その企業のコアコンピタンスに合致した、或いはコアコンピタンスの源泉となり得るような制度、組織体制、組織文化を考えるのが十分条件ということですね。
つけ加えるならば、組織文化については、多少いびつなぐらいユニークにした方がいいと私は考えています。
冨山和彦さん(株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO)がよく使う表現だと「体臭が強い会社が強い」ということだと思います。
グーグルもアマゾンも、日本で言えばユニクロもリクルートも、組織文化が強烈です。
強烈な文化をつくり上げることこそが、実は現代の経営において、その企業独自の強さを形成するために必要な最大の投資対象じゃないかと思っています。
資本市場に負けない経営
麻野:波頭さんが、かなりビジネスにフィットした文化をつくり上げてるなと思われる、代表的な事例はありますか。
波頭氏:皆が知っている例では、やはり圧倒的にグーグルでしょう。グーグルがやってきた色々な人事制度やマネジメントの手法は、出てきたときは、非常識に見えるものばかりでした。
それらの“変わった”制度や手法のおかげで、今日でもベンチャー気質を維持しながら大企業の横綱相撲も取れるようになっています。これは凄いことだと思います。
麻野:先ほどおっしゃられた「体臭が強い会社」ということですね。違和感を持つ人もいるかもしれないけれど、エッジが立っていて、独自の文化がつくられている。
波頭:最近多くの企業に感じることなのですが、人事制度がどんどん骨と皮だけのパサパサになっていってしまっていて、熱さやみずみずしさを感じさせられる豊穣な人事制度がなくなってきていることも懸念しています。
豊穣な人事制度とは中長期的に人材の心と技を豊かにして、強靭且つ柔軟な組織を構築するための人事制度です。
財務コントロールの強い企業の新しい人事制度では、人をコストとして捉える傾向が強く、投資対象とか、貴重なassetの集積という観点が弱い。
その挙句、組織成員の心と技がやせていき、組織風土がパサパサのやせた組織になっています。
経営が本当に難しい時代です。グーグルみたいなことをやる会社は、他にないでしょう。
ラリー・ペイジ(Google Inc. 共同創業者)やジェフ・ベゾス(Amazon.comの共同創設者)もそうだけど、彼らは資本市場に負けない理念と心の強さがあります。
アップルだって、今でこそ時価総額が8,000億ドルを超えていますが、スティーブ・ジョブズ(Apple Inc.の共同設立者)が戻ってきたときに、資本市場に媚びを売る経営をしなかった。
グーグルなんて、最初から資本市場を相手にしないってことを表明していました。
こういったことができる胆力がある経営者じゃないと、短期収益極大化を求める資本市場に振り回されてしまい、10年先、20年先の良きことのために、思い切った投資とコミットメントが難しいのでしょう。
環境変化が激しく、不確実性と複雑性の高い中での経営では、ついつい短期収益を手堅く求めに行ってしまいがちですから。
しかし、そうした手堅く短期収益を追う経営は、無理して絞り出した今期の利益は10年先、20年先の競争力と引き換えになっているというのも忘れてはなりません。
組織文化こそが企業経営最大のアセットでありリソース
麻野:会社と事業と将来の組織に対して、オーナーシップを持っている経営者として、具体的にお名前挙げることができる方っていらっしゃいますか。
波頭氏:そういう意味で、立派な経営をやっていると感じるのは、もうオーナーではありませんが、ワークスアプリケーションズの牧野さん(株式会社ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者 牧野正幸氏)ですね。
オーナー社長は社員の待遇や権限を締め上げるタイプの人が多いけれど、牧野さんは人材や組織文化を最大の競争基盤であり、投資対象として確信しておられた。10年も前から「社員にもっと給料を払いたい」っておっしゃってました。
麻野:ワークスアプリケーションズさんは、採用費も非常に大きく投資していますね。
Great Place to Work Institute, 2016でも、アジア9カ国940社以上の中から「ベストカンパニー賞」を受賞しています。
オーナー経営者ならではの、独自の組織運営と、社員に利益をきちんと還元しようという姿勢が、うまくかみ合って、みずみずしい組織になっているということなのでしょうか。
波頭氏:善意からの還元というより、グーグルみたいに、優秀な人を集めて本気で仕事にコミットし、どんどん成長してもらうための、合理的な戦略判断の表れだと思います。
優秀な人を集め、つなぎとめて、しかも彼ら・彼女らがモチベーション高く働ける環境をつくるということこそ中長期的な経営戦略の要諦だと考えて、経営されているのだと思います。
波頭氏:それから私は、組織文化こそが最大のアセット、いや単なるアセットどころか、これからの時代の最大の経営リソースだと思っています。
文化って、莫大な投資、この投資とは単なるお金だけではなくて、時間も手間も含めての投資ですが、それをしないとつくれない。
麻野さんも、会社の文化を変えるお仕事を、コンサルタントとしてお手伝いされているので実感がおありだと思いますが、企業文化を変えたり、新しい文化を創り出したりするのは本当に大変ですよね。
場合によっては、事業や人を切るというようなことまでやらざるを得ないこともあるし。
麻野:世の中には「組織戦略」のない企業が多いと感じます。戦略とは、「何を選ぶか」と同時に、何を捨てるかを明確に決めることです。
「●●な人材はリテンションするが、▲▲な人材はリテンションしない」
「●●というモチベーションファクターは提供するが、▲▲というモチベーションファクターは提供しない」
「●●な人事施策はするが、▲▲な人事施策はしない」
というスタンスを決めなければ、事業をドライブさせるような強烈な風土は醸成できません。しかし、組織については捨てること、しないことを決められていない企業があまりに多いと感じます。
波頭氏:極端に言うと、組織改革のために経営陣が手放すべきものはオペレーションもそうですが、一番分かり易いのは目先の短期的な利益や売上です。
風土改革が特に難しい一兆円規模の大企業のトップと風土改革について話すにとき、どこの血をどれだけ流しても失血死しないかとか、そういうお話になることが多いです。
日本のHRコンサルティングの分野において、麻野さんが存在感を増していかれている今だからこそ、当たり前に正しいことだけではなくて、場合によってはリスキーなことも乱暴なことも考えられるようになると処方箋の幅が広がるのではないかと思います。
乱暴なことって、説得して実行するのが大変です。でもそこにチャレンジしないと、大企業の風土や長年染み着いた行動様式はなかなか変えられないものです。
麻野:乱暴なこと。
波頭氏:はい。大企業のトップの方、経営陣の方はたいへん優秀で、乱暴なこと以外は、皆さん当たり前のように分かっています。
そういう方達に対して、一般論的に普通に正しいことをアドバイスしても、ほとんど価値を感じてもらえないと思います。
クライアントの組織や人材や風土の実態を深く理解した上で、当たり前に正しいことではなくて、問題の核心に切り込む乱暴だけれど切れ味の鋭いことをアドバイスしてあげられるのが、コンサルタントの本分だと思います。
麻野:アドバイス有難うございます。確かに、組織人事コンサルティングをしていると、どうしても過去に実績がある、リスクの少ない組織施策を提案しがちになります。
しかし、それでは体臭の強い組織は創れない。強烈なメリットとデメリットを内包するような思い切った施策を私たちコンサルタントも提案していかないと、偉大な組織というのは創れないのだと思います。
コンサルタントとしての価値
麻野:波頭さんが他の会社をご覧になられていて、こんな乱暴なことを言ったから会社が変わったみたいな実例があったら、ご教授いただきたいのですが、いかがでしょうか。
波頭氏:組織はなかなか変わりません。成功例を知らないわけではないのですが、組織変革は生々しい側面を伴いますので、具体名は申し上げにくいです。
あえて、角度を変えてその質問にお答えするとしたら、「誰を社長にするか」あるいは「誰を新任の役員にするのか」ということが制度設計や組織体制の変更よりも、圧倒的にインパクトが大きいケースが増えて来ているということです。
本来私は、コンサルタントは、個別の人事に介入すべきじゃないというコードを持っていました。だけど、コンサルタントを続けていく中で感じたことは、会社として「誰を偉くするのか」が極めて重要だということ。
近年では、戦略策定や組織制度設計のノウハウが一般化して来ていますから、コンサルタントとクライアントの間でも、また競合企業間でも情報の非対称性がどんどんなくなって来ており、知識やノウハウでの差別化が利かなくなって来ています。
そうした状況の中で、結局最も有効な差別化の源泉は人をどう見るか、そして誰がどのポジションに就くのかが、その企業の競争力を最大化するための最も大きなレバレッジになって来ていると感じています。
クライアントとお付き合いが深まって、事業戦略もつくり、組織設計にも関与し・・・となってきたときに、更に貢献できるテーマは、人材育成、人材評価、そして人材登用に関するアドバイスなのかもしれません。
人材の評価というものは、社内でずっと継続した関係で見るのと、第三者が見るのと随分違います。だから参考になる面があるのだと思います。
麻野:「どういう人材を登用するか?」は組織にとってインパクトのあるメッセージになります。
コンサルタントとしての客観的な視点からのアドバイスに加え、データによる定量的な評価の提供なども、今後HRコンサルタントに求められる重要な価値になるでしょう。
本日は有意義な対談をどうも有難うございました。
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※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。