【前編】慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本 隆氏 「HR Techの発展により、人間はもっと自由になれる」
Cutting Edge な人やテーマを取り上げていく「Cutting Edge_HR Tech」。
今回は、日本の HR Techの第一人者としてもその名を知られる、岩本 隆氏をお迎えします。
HR Techに注目した背景、そして日本の HR Techの未来とは。HRの未来の道標となるような内容は必読です。
【プロフィール】
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本 隆 氏
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日本における HR Techの始まりは「バズワード化」から
–岩本先生は日本の HR Techの第一人者としても有名ですが、そもそも HR Techに注目されるようになったのはなぜですか?
岩本 隆氏(以下、岩本氏):私自身の経歴とも関係するのでそのお話から。私は外資系メーカーやドリームインキュベータを経て、2012年6月付けで慶應義塾大学ビジネス・スクールの特任教授に着任しました。着任直後に、ある製造小売業の人事担当執行役員の方から「急成長企業の人材マネジメントの教科書の日本版をつくってほしい」というオファーを受けました。
そこで、当時流行っていたスマートフォンに、モバイルラーニングのシステムを導入したんですね。対面でトレーニングしなくても良い人材育成の仕組みをつくったことで、約 200 店舗まで急拡大するという成功事例が生まれました。
こういった研究をしている内に、ビジネス・スクールの学生たちが私のところに企業との研究を手伝いたいと相談に来るようになりました。産学連携で研究している私のような教員はビジネス・スクールでは珍しかったんですね。そして、統計学ゼミの学生が、私の研究スポンサー企業の従業員満足度調査データの統計分析を試みたのです。
結果、従業員満足度調査結果から、各部門の経営課題を定量的に導き出すことができました。それまでは、企業の中で従業員満足度調査を実施しても、平均点をとって比較するくらいで、分析を終了ということがよくありました。
しかし、学生たちが行った分析によって、各部門長の一年間の取り組みについて、具体的なアドバイスができるようになったんですね。これは企業側から、非常に喜ばれました。
もう2014 年になっていたはずですが、当時ですら私は、HR Techについてほぼ 何も知らなかったと思います。ただ、当時主催していた人材マネジメントの研究会の名前を「HR テクノロジー」にしたんですね。
そうしたら「HR テクノロジー」という言葉がまさかのバズワード化した。なので正直な話では、 HR テクノロジーという言葉が「当たった」ことがすべての始まりなんです (笑)。
事業改革への本気度が高い企業ほど、HR Techに熱心である
–日本は HR Techの普及が遅れていると言われますが、それについてはどうお考えでしょうか?
岩本氏:確かに遅れてはいるのですが、関心度合いは高まってきていると感じます。
その理由は2点あって、1点目が、本気で改革に取り組む大手企業が出てきたこと。トランスフォーメーションしないといけない会社、例えば日立製作所や日産自動車などはHR Techに熱心です。エレクトロニクス業界も同様で、富士通や NECなども非常に熱心に取り組んでいます。
これらの企業は、社員 1人あたりの利益率を高めなければいけないという課題を抱えているため、もはや年功序列での企業運営をしている場合ではなくなっているんですね。生産性の高いビジネスや経営をしていかないといけない状況に迫られている。
定性的な議論ではなく、何らかの根拠をデータで示して変わらなければいけないという状況にあるので、よりHR Techへの関心が高まっていると言えます。
2点目は、特にオーナー企業で改革が進み、象徴的な事例が出てきたことです。 例えば、共同研究したカシオ計算機なんかがそうです。ハイパフォーマー分析をしたんですが、それは結局「優秀な人間がいれば、20 代でも構わず引き上げるぞ」という経営の意思を示してることと同義なんですね。
そういう、ある意味今までの在り方を崩そうと思ってる会社は、誰もが納得せざるを得ないデータを示さないと、社員がついてこないという実情もあって、かなり熱心だと思いますね。
ビジネスにおいてもアカデミアにおいても、経営学分野で遅れをとっている日本
–アメリカと日本における、HR Techの進化の差はなぜ生まれたとお考えでしょうか?
岩本氏:そうですね。日本が遅れている理由ということになると思いますが、現場の話でいくと、人への意識が高い一方で、経営に対する意識がさほど高くない人事。そして、人を大事にすると言っているわりには、人材マネジメントが体系的じゃない経営者の存在が挙げられます。
日本は実は、人事だけではなくて経営学自体も全般的に遅れていると言われています。例えば、20 年前にアメリカで流行った経営本が売れる不思議な国なんですよね。
そして更には、アカデミアの世界でも同じことが言えます。日本は、文化系学問の発達が遅れているんですね。理科系分野においてはむしろ、世界的に見ても先進国だと思いますが、経営学も含めて経済学も社会科学も、全般的に遅れています。ノーベル経済学賞の候補者として日本人が挙がることすらないという事実も、それらを象徴していると思いますね。
ちなみに、中国も去年からHR Techカンファレンスを始めたんですよ。とある中国大手企業の社員のスマホには、あらゆる種類の人事アプリが入っています。実際に見せてもらったんですが、給与系のものもあれば経費精算系のものもあれば、タレントデータもあって。60 種類近くのアプリが入っていましたね。これはひとつの例にすぎませんが、アメリカだけではなく中国にも差をつけられ始めていると感じますね。
日本では、上司ばかりを見て仕事をしている人たちのことを「ヒラメ型人間」と言ったりもしますが、そういうタイプの上位役職者は、自分の仕事ぶりをデータで見られたくないという人が多いんですね。自分の派閥を抱えているケースも多かったりするので、その辺りがデータで明確になることに対して、抵抗があります。若くて優秀な人たちは、むしろテクノロジーを駆使することを良しとしていたりしますが。
アメリカでは株主の圧力が強いので、従業員の意向にかかわらず、有無を言わさずデータ化が進んでいくのですが、日本はまだまだヒラメ型の人材を抱えて、その人たちの抵抗を受け入れた会社運営がなされているので、発展が遅れているように思いますね。
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※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。