
人的資本開示とは?情報開示と人事戦略への企業の向き合い方は?
目次[非表示]
- 1.人的資本とは?
- 2.人的資本開示が求められるようになった背景
- 3.人的資本開示とISO30414
- 4.人的資本開示の準備の進め方
- 5.人的資本開示の例
- 6.まとめ
人的資本とは、企業を構成する人材を、投資をすることで価値を生み出すことができる「資本」と捉えた概念のことです。
近年では、投資家が投資判断をする際も、企業の財務情報だけでなく非財務情報である人的資本に着目するようになっており、企業側にも人的資本に関する情報開示が求められるようになっています。
今回は、人的資本について、また人的資本開示が求められるようになった背景などについて解説していきます。
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人的資本とは?
人的資本とは、企業を構成する人材を、投資をすることで価値を生み出すことができる「資本」と捉えた概念のことで、英語では「Human Capital」と言われます。
近年は、人的資本を重視して、人材の価値を最大限に引き出す「人的資本経営」に取り組む企業が増えてきました。詳しくは後述しますが、投資家が投資判断をする際も、企業の人的資本に着目するようになっており、企業側にも人的資本に関する情報開示が求められるようになっています。
「人的資本」と「人的資源」の違いは?
人的資本は、従来の人材に対する捉え方である「人的資源」とは正反対の考え方です。人的資源とは文字どおり、企業を構成する人材を「資源」と捉えた概念のことで、英語では「Human Resource」と言われます。人的資源の考え方では、人材はあくまでも「コスト」として消費されるものであり、できるだけ最小限に抑えて効率的に管理するのが良いとされます。
一方、人的資本は、人材を利益や価値を生み出す源泉と捉えているため、人材に要する出費はコストではなく「投資」として認識されます。
人的資本開示が求められるようになった背景
人的資本開示が求められるようになった背景として、産業構造の変化が一つの要因として挙げられます。これまでは製造業をはじめとした第二次産業が中心であり、設備資本と金融資本が利益の源泉となっていたため、人的資本についてはそれほど重視されていませんでした。
しかし、サービス業をはじめとした第三次産業が中心となった近年では、利益の源泉は働く従業員の能力やアイデアとなっています。そのため人的資本の情報がなければその企業の価値を判断するのが難しくなってきており、投資家からは人的資本開示を求める声が高まっています。
ここからは人的資本開示の潮流を作ったともいえる、直近のトピックスについてお話していきます。
米国証券取引委員会の人的資本開示義務化
2020年8月、米国証券取引委員会は「レギュレーション S-K」といわれる財務情報を開示する要求事項に、人的資本の情報を開示することを義務付ける項目を追加しました。情報の開示内容については企業判断に委ねられていますが、「人材の採用、育成、維持」については開示を期待しています。
米国証券取引委員会が人的資本開示を義務付けたことで、人的資本経営が世界的な潮流となったと言えるでしょう。
ISO30414の公開
特に、海外の企業が人的資本に関する情報を開示するようになった直接的な契機とも言えるのが、「ISO30414」の公開です。ISO30414は、2018年にISO(国際標準化機構)が公開した人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインです。
詳しくは後述しますが、ISO30414では、人件費や離職率、ダイバーシティや組織文化など、企業の人的資本について開示すべき内容が11項目・58指標にわたって定められています。
人材版伊藤レポートの発表
特に、日本企業において人的資本に関する情報開示が進むきっかけになったのが、「人材版伊藤レポート」の発表です。2020年9月、経済産業省は「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書(人材版伊藤レポート)」を発表しました。
人材版伊藤レポートは、人的資本経営についての取り組みや、人材戦略に関わる経営陣・取締役・投資家の役割などの方策などを検討する研究会の報告書です。一橋大学の特任教授である伊藤邦雄氏を座長とする研究会であることから、「人材版伊藤レポート」と呼ばれています。
人材版伊藤レポートでは、
「持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である」
としています。そのうえで、
「これまでも、人的資本に関しては定性的な評価や従業員数等の一部の数値が開示されてきたが、人的資本が競争力の源泉となる時代においては、経営戦略との連動という観点で人的資本、人材戦略を定量的に把握・評価し、ステークホルダーに開示・発信することが求められる」
としており、人的資本に関する情報開示の重要性が記されています。
※参考:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~|令和2年9月 経済産業省
コーポレートガバナンス・コードの改訂
現時点において、日本では人的資本に関する情報開示が義務付けられているわけではなく、その対応は各企業に委ねられています。
しかしながら、2021年6月に、東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改定したことによって、上場企業には人的資本に関する情報開示が迫られました。
コーポレートガバナンス・コードの改定により、以下の補充原則が新設されています。
▼補充原則 2-4①
上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。
▼補充原則 3-1③
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
▼補充原則 4-2②
取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。
※参考:コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)|株式会社東京証券取引所
人的資本開示とISO30414
上述のとおり、ISO30414は人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインです。企業がステークホルダーに対して人的資本に関する報告をするための指針であり、企業価値のなかでもとりわけ人的資本の位置付けが重視されるようになるなかで、2018年12月にISO(国際標準化機構)が公開されました。
ISO30414では、エンプロイーエンゲージメント、人件費や離職率、ダイバーシティや組織文化など、企業の人的資本について開示すべき内容が11項目・58指標にわたって定められています。2019年1月、ISOは「Human Resource Management」に関して、社内で議論すべき/社外へ公開すべき指標をガイドラインとして以下のように整理しています。
Costs(費用)
1. 総人件費用
2. 外部人件費用
3. 給与と報酬の平均額
4. 総雇用費用
5. 1雇用あたりの費用
6. 採用費用
7. 離職費用
Diversity(多様性)
1. 以下に関する労働力の多様性
a)年齢
b)性別
c)障がい
d)その他の多様性の指標
2. 経営陣のダイバーシティ
Leadership(リーダーシップ)
1. 経営陣への信頼性
2. 一人の上司が何人の部下を管理しているか
3. 経営陣の育成
Organizational culture(組織風土)
1. ワークエンゲージメント/従業員満足度/従業員のコミットメント
2. 従業員の定着率
Organizational health, safety and well-being(組織の健康、安全および福祉)
1. ケガによる損失時間
2. 労災件数
3. 業務中の死亡者数
4. 研修に参加した従業員の割合
Productivity(生産性)
1. 従業員一人あたりのEBIT/収益/売上高/利益
2. 人的資本のROI
Recruitment, mobility and turnover(採用、異動、離職率)
▼採用
1. ポジションごとの候補者の数
2. 雇用者および雇用プロセスの品質
3. 平均期間
a)欠員補充までの平均期間
b)経営上の重要なポジションにおける欠員補充までの平均期間
4. 配置転換・キャリア転換や将来を見据えた従業員の能力評価
▼異動
5. 空きポジションにおける内部異動率
6. 経営上重要度の高いポジションにおける内部異動率
7. 経営上重要度の高いポジションの比率
8. 全空きポジションに占める重要度の高いポジションの比率
9. 内部異動率
10. 重要度の高い空きポジション発生時の社内充足率
▼離職
11. 離職率
12. 自己離職率(定年退職を除く)
13. 重要度の高いポジションの自己離職率
14. 退職/離職理由
Skills and capabilities(スキル、能力)
1. 人材育成・人材開発費用
2. 学習と開発
a)1年間で全従業員の中で研修に参加した従業員の割合
b)一人あたりの従業員ごとの公式な研修時間の平均
c)異なる領域の非公式な研修へ参加した従業員比率
3. 労働力能力率
ISO30414については、以下の記事でも詳しく解説しています。
>> ISO30414とは?人的資本の情報開示のガイドラインができた背景や導入企業を解説
人的資本開示の準備の進め方
人的資本に関する情報開示をおこなう際の準備の進め方についてご説明します。
STEP01:人的資本について開示すべき指標を決める
まずは、人的資本について開示すべき指標を決定します。このとき、自社にとって意味がある指標を選定することが重要です。ひと言で人的資本と言っても、様々な指標があり、すべての指標を開示するのは現実的ではありません。
自社のステークホルダーにとって意味のある指標を定義したうえで、意図を持った開示をするようにしましょう。
STEP02:指標に関するデータの有無を確認する
人的資本について開示すべき指標を決めたら、その指標に関するデータが自社にあるかどうかを確認します。現状でどのようなデータが存在しており、どのようなデータが不足しており、新たにどのようなデータが必要なのかを把握します。
STEP03:データを収集・分析をする仕組みを設ける
必要なデータをどのように収集・分析するのかを検討します。また、すでに存在するデータについても、持続的に収集可能なのか、集計や分析は適正な方法でおこなわれているのか、といったことを検討します。
また、必要に応じてHRテクノロジーを導入したり、データ収集・分析を担うチームを設けたりします。そのうえで、データの収集をおこないます。
人的資本開示の例
人的資本に関する情報開示の事例をピックアップしてご紹介します。
リンクアンドモチベーションの人的資本開示
リンクアンドモチベーションは日本初・世界で5番目にISO30414を取得した企業であり、日本においては人的資本開示のフロントランナーとも言える会社です。
※参考:日本・アジア初!人的資本に関する情報開示のガイドラインである「ISO 30414」の認証を取得!
リンクアンドモチベーションはエンゲージメントの重要性を啓蒙する会社として「言行一致の経営」を掲げており、エンゲージメントやその他人的資本に関する情報を積極的に開示しています。
・統合報告書でエンゲージメントスコアを開示
リンクアンドモチベーションでは自社プロダクトである組織改善クラウド「モチベーションクラウド」を自社でも徹底的に活用しており、半年に一度組織診断サーベイを実施することでエンゲージメント状態を可視化しています。
その結果については統合報告書で開示をしており、法人・性別・国籍などあらゆる角度から情報を公開しています。
・自社の組織戦略のポイントについて解説した「Human Capital Report 2021」を刊行
リンクアンドモチベーションでは、ISO 30414のデータをただ網羅的に開示するのではなく、自社の組織戦略について、経営の考え方を含めて重点ポイントをわかりやすくまとめた「Human Capital Report 2021」を刊行しています。
「事業戦略と組織戦略をリンク」する経営モデルに加えて、組織戦略の重点領域である「採用」「育成」「制度」「風土」の4領域についてのマネジメントの詳細を紹介しています。
Human Capital Report 2021は国内の人的資本開示のモデルケースとしても注目を集めています。
※参考:Human Capital Report 2021|Link and Motivation Group
東急建設の人的資本開示
東急建設も積極的に人的資本開示を行う企業の一つです。東急建設では下記の取り組みを行っています。
・長期経営計画のKPIの一つにエンゲージメントスコアを設定
東急建設では企業ビジョン達成に向けて、長期経営計画のKPIとしてエンゲージメントスコアを設定しています。これまでの実績の開示に加え、長期目標として2030年度までの目標値も公表しています。
※エンゲージメントスコア=リンクアンドモチベーションが開発したエンゲージメント度合いを測る指標。企業と従業員の相思相愛度合いを可視化することができる指標となっている。
・統合報告書でエンゲージメントスコアを公表
統合報告書の中でもエンゲージメントスコアを掲載しています。2020年、2021年と掲載の実績があり、国内では比較的早い段階から人的資本開示を行う会社の一つです。
カゴメ株式会社の人的資本開示
カゴメ株式会社は、有価証券報告書において以下のように人的資本に関する情報を開示しています。
- 女性活躍の推進への取組みに関する目標と実績を記載
- 働き方改革への取組みとして、年間総労働時間の推移を図示しながら平易に記載
- 健康経営の推進に関する取組みとして、特定保健指導実施率や高ストレス者比率の推移状況を記載
まとめ
2022年は、「人的資本開示の元年」とも言われており、日本においても人的資本経営の推進とともに、人的資本に関する情報開示を検討する企業が増えています。今後、人的資本開示の要請が高まっていくのは間違いありませんので、後れをとらぬよう、ぜひ情報収集と準備に努めてください。