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「人的資本経営」とは何か〜理論と事例から考える、これからの人材マネジメント〜

変革の時代において持続的な企業成長を図るには、「人的資本」を軸にした経営、そして自律的な組織が求められる。多様な価値観をもつ社員のエンゲージメントを高め、組織が成長するにはどのような変革が必要なのか。これからの企業人事のあり方や世界の潮流について、一橋大学・伊藤邦雄氏、東京海上ホールディングス・北澤健一氏、リンクアンドモチベーションの川内正直氏が議論した。

【スピーカープロフィール】

一橋大学 CFO教育研究センター長 伊藤 邦雄氏
東京海上ホールディングス株式会社 常務執行役員 CHRO 北澤 健一氏
株式会社リンクアンドモチベーション 取締役 川内 正直

※イベント開催時点(2021年12月)の役職です。

※本記事は、『日本の人事部』HRカンファレンス2021秋レポートより転載したものです。


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人的資本を最大化する「effective」な人事

一橋大学 CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏は、経済産業省による「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の座長を務めている。2020年9月に、同研究会により公表された報告書が「人材版伊藤レポート」だ。公表後、多くのメディアが同レポートを取り上げている。

同レポートは、企業の人材を「人的資本(Human Capital)」としたうえで、企業価値の持続的成長を実現するための人材戦略や、経営陣・取締役会・投資家が果たすべき役割などを提言している。新型コロナウイルス感染症対応によるリモートワークをはじめ、人々の働き方が急速に変わる今、同レポートはこれからの人材戦略に新たな視点を与えるだろう。

「まずは、私の問題意識を率直に申し上げます。かつては機能していたメンバーシップ型雇用が、今や限界を露呈しはじめています。経営者はどこか楽観的で、社員の離職に対する危機感が薄く、『社員は会社についてくるもの』という囲い込み的な発想もあったのではないでしょうか。人材を“資源”と見ると、どうしても管理したくなるものです。その結果、社員の自律性や自立性が削がれたという面は否めません。こうしたやり方を見直そう、というのが私の考えです」


伊藤氏は、世界の従業員エンゲージメント調査において、日本が139ヵ国中の132位であったことを指摘する。エンゲージメントを高めるために、日本企業は何をすべきなのか。

「今回、人材版伊藤レポートを作成するにあたり、『コーポレート・ガバナンス』『持続的企業価値創造』『投資家目線』という三つの新たな目線を設けました。日本企業の変革を加速するには、投資家の力も借りる必要があります。そして、組織と個人が、『選び選ばれる関係』を築かなければなりません。そのためのモデルを、私は『3P・5Fモデル』と命名しました」

3P・5Fモデルにおける「3P」とは、「経営戦略と人材戦略の連動」「As is-To be ギャップの定量把握」「企業文化への定着」の三つの視点を意味する。そして「5F」は、「動的な人材ポートフォリオ」「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」「リスキル・学び直し(デジタル、創造性など)」「従業員エンゲージメント」「時間や場所にとらわれない働き方」の5要素を指す。

「とりわけ日本企業にとって重要なのが、『リスキル・学び直し』です。日本では新しい経営戦略に合わないからといって、簡単に人材を解雇できません。長期雇用を前提にするなら、人材のスキルを組み替える取り組みが極めて重要です」

次に、伊藤氏は「人的資本とガバナンス」について話す。米国では、2021年に「人材投資の開示に関する法律」が下院を通過し、人材の定着度や契約形態、スキル、報酬などの情報開示が義務付けられる方向だ。日本においても、閣議決定で人的資本に関する情報の見える化の促進がうたわれた。

「これまで日本企業では、成果をあげるために人的資源を最小化するという、『効率的』(efficient)の発想を得意としてきました。これを、人材の能力を最大化して最大のアウトカムを得る、『効果的』(effective)の発想に変える必要があります。組織として、人材の潜在能力を見抜き、生かし、高めていくことが大切です」

最後に伊藤氏は、日本企業が人材戦略と経営戦略を連動できなかった理由について挙げた。人的資本の価値が企業の経営戦略と関連していない点や、社内のコミュニケーション不足、調整型人事を脱却できず経営者目線の欠如した人事部など、問題は多岐にわたる。

「今、多くの企業で『パーパス経営』が進められています。大事なのは会社のパーパスを、人材の一人ひとりのパーパスといかにすり合わせるかです。企業と人材が互いに『選び選ばれる関係』を構築するには、対話が欠かせません。また、企業の利益だけでなく、社員の『ウェルビーイング』に目を向けることも大切です。この両者をつなぐものが従業員エンゲージメントだと思います」


東京海上グループにおける人事変革事例

1879年に日本初の保険会社として設立した東京海上グループ。近代化を目指す日本において、貿易を支える海上保険から事業を拡大してきた。創業同年に上海・香港・釜山に代理店を開設し、現在に至るまで、グローバルな事業展開を行っている。

同社が創業以来、変わらないパーパスとしているのが、「お客様や地域社会の“いざ”をお支えし、お守りすること」だ。時代と共に変化するさまざまな社会課題の解決に貢献し、サステナブルな社会を実現すべく、事業活動を展開している。同社は中長期的な主要課題として、気候変動対策の推進・健やかで心豊かな生活の支援・災害レジリエンスの向上に取り組んでいる。

「保険事業は『People’s Business』と呼ばれ、活力あふれる主体的な人材と組織が、持続的な成長のために欠かせません。世の中の変化が加速し、社会課題も複雑化しています。そのような課題を解決するには、知識や経験をもつ社員の多様性を経営に生かすことが必要です」

このような考えのもと、同社が成長戦略に位置付けたのが「D&I推進」だ。多様な知識・経験をもつ人材の協働によるイノベーションの創出を目指し、さまざまな取り組みが行われている。その一例として、北澤氏は、CEOが委員長を務めるDiversity Councilなどの創設、キャリア採用の拡充、プロジェクトリクエスト制度の創設を挙げた。

「プロジェクトリクエスト制度とは、社員が所属部署にかかわらず、現部署の業務を担いながら本店のプロジェクトに参画できる仕組みです。多様な経験などをプロジェクトに持ち込むことで、アウトプットの質と量の向上を目指しています。また、キャリア採用のアウトプットとして、ゲームソフトの『モンスターハンター』とコラボした動画を公開しました。これは、まさに人材の多様性がもたらしたアウトプットだと思います」

続いて、北澤氏は人材育成の取り組みについて説明した。同社では、経営戦略にひもづけて人材育成を行っている。グローバルベース、かつグループ横断で人材育成を図るとともに、DX・ビジネススキル・中高年のリカレントなどの多様な学びを提供する『学びのカフェテリア』を展開。2021年には社外副業や勤務時間、勤務地の制限緩和を進めている。

「社員一人ひとりが、最も生産性の高いベストな働き方を実践できる環境を提供したいと考えています。そこで新たなチャレンジとして、全国の社員が転居をせずに本店コーポレート部門に異動できる仕組みとして『リモートJOBリクエスト』を導入しました。コーポレート部門勤務の機会を提供することで、社員のスキル向上やキャリアビジョンの幅を広げる狙いがあります」

最後に北澤氏が紹介したのは、従業員のエンゲージメント向上に向けた取り組みだ。同社は、2020年10月にリンクアンドモチベーションの「モチベーションクラウド」を導入した。

「導入のポイントとして、まずは64の調査項目により、社員の強みと弱みを可視化できる点が挙げられます。また、利用実績が200万人と多く他社と比較して自社のレベルを把握できること。調査項目や対象数などを絞ったフォーカス調査が実施できることも魅力的です。

今後も、こうしたサーベイを最大限に活用しながら、仕事・働き方・キャリア形成・組織活性化など、さまざまな観点からスピーディーに取り組みを実行していきます。そして、社員のエンゲージメントをよりいっそう高めていきたいと思っています」


「何をやるか」より「皆がやりたいか」

ここで、本セッションのファシリテーターであるリンクアンドモチベーションの川内氏から、「人的資本経営」において重要なポイントについて話があった。

リンクアンドモチベーションは、モチベーションエンジニアリングによる企業変革コンサルティングを手掛けている。モチベーションエンジニアリングとは、経営学・社会システム論・行動経済学・心理学などの学術的成果を、組織課題の解決や個人の成長の支援につなげる技術だ。

同社が展開している「モチベーションクラウド」は、国内最大級のデータベースをもとに組織状態を可視化するなど、従業員エンゲージメントを向上するクラウドサービスである。モチベーションクラウドは、エンゲージメント市場における国内売上シェア4年連続1位(※)を達成した。

※出典:ITR「ITR Market View:人事・人材管理市場2021」

「組織人事コンサルティングを行うなかで、よく聞かれるのが、パーパス経営やジョブ型雇用、DX推進といったキーワードです。もちろん、こうしたテーマは大事なことですが、『社員の一人ひとりがやりたいと思うか』が大事だと私たちは考えます。

人事の施策を立案するとき、何をやるかという点だけでなく、その施策を実際に機能させることまで考える必要があります。従業員エンゲージメント、つまり企業と従業員の相互理解・相思相愛度合いをしっかりと図っていくことが、キーになると思います」

川内氏は、従業員エンゲージメントと売上・純利益の伸長率に相関性があることや、エンゲージメントが高まるほどに退職率が低くなる、という調査結果を説明した。従業員エンゲージメントを高めることは、企業成長にとって欠かせない要素なのだ。

「人的資本経営に絶対解はなく、企業によって最適解は違うものです。自社に合わせて組織づくりを進める必要があります。ただし、エンゲージメントが低い状態では、会社と社員が相互不信に陥ってしまいます。経営陣がやろうとしていることに対して、社員が思い通りに動いてくれない状況になることが少なくありません。

逆に、エンゲージメントが高くなれば、信頼しあえていて、会社と社員が同じ方向に向かって、スピーディーに動けます。そういった意味でも、当社は、企業が自社のエンゲージを把握し、最適解について考える材料を提供したいと考えています」


人的資本経営に向けて世界は加速する

続いて、人的資本経営に関する質問に答える形でディスカッションが行われた。

川内:最初の質問です。人的資本経営を行うにあたり、今の企業が抱える課題を教えてください。

北澤:一般論を私が語るのは僭越ですので、当社のケースをお話しいたします。伊藤先生のお話にあったように、人事部門は人の管理ではなく、価値創造を担う部門にならなければなりません。終身雇用や年功序列型賃金をはじめ、日本の伝統的な人事システムは今の時代に合わなくなってきています。とはいえ、一部分を直せばいいものではなく、採用や育成、待遇に至るまでトータルに見直さなければならないと強く感じています。

伊藤:これまでのメンバーシップ型雇用は、簡単に言えば「終身雇用を保証するから、会社の言うことを聞いてください」という姿勢だったと思います。しかし今、企業に問われているのは、「何をやりたい」という社員の主体的な意思を確認して、それが叶う機会を提供することです。これが人的資本経営による価値創造につながります

たとえば高速道路に登坂車線と追い越し車線があるのは、運転する人ごとの事情に合わせるためです。働き方も、会社の事情や生活の局面によって、ゆっくりと働きたいときもあれば、エネルギーを発揮したいときもありますよね。そのような選択が可能になるよう、企業も変わっていく必要があります。

川内:人的資本経営を実践するにあたり、人事責任者に求められることは何でしょうか。

北澤:まずは、人事戦略と経営戦略を連動させることです。そのためには、現在のウィズコロナ・ポストコロナをチャンスとして捉え、自社だけでなく社会のサステナビリティーに目を向けること。さらにはグローバルで活躍できる社員を育て、活躍できるステージを用意することが必要です。

伊藤:あらためて、人事部門は変革すべき局面にあります。調整型人事とは決別し、人事部門のパーパスを考えなければなりません。経営戦略と人事戦略を連動させなければ、企業価値はなかなか上がらないでしょう。さらに、リスキルのプログラムと機会づくりもぜひ考えてください。

これまでの人事部門は、もしかすると社員から敬遠される立場だったのではないでしょうか。社員の皆さんが、困ったときに自然と足が向くような、そんな人事部門になってほしいと思います。

川内:お二人のお話に共通するのは、経営戦略と人材戦略をどうリンクさせていくのか、という視点ですね。経営戦略を踏まえると、ある程度は失敗もあり得ます。これまでのように人の管理にばかり目が向いていると、失敗を避けようという意識になりがちですが、人事もチャレンジできる余地をどんどんつくっていくといいですね。

最後の質問です。今後の人的資本経営の流れは、どのようになるのでしょうか。

伊藤:世界的に人的資本投資が加速する流れが形成されつつあります。来年には、人的資本投資にかかる情報開示が増えてくると予想しています。そうすると、企業同士で刺激しあいますから、さらに人的資本経営が前進するでしょう。

さらには、今の会計基準では、人材に投資をするほど会計上の利益が減ってしまいますから、人的資本投資にふさわしい会計基準への見直しの機運も高まっていくと思います。このような流れのなかで、企業は社員やステークホルダーのウェルビーイングを高める方向にシフトしていくと思います。

川内:ありがとうございました。それでは、最後にお二人からメッセージをお願いします。

北澤:本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。これからも、人的資本経営の考え方を念頭に置いて頑張ってまいります。

伊藤:日本企業が競争力を高めるためには、人事部門の変革が何より大事です。私は、これからの日本は、人材投資大国になっていくと確信しています。本日はありがとうございました。

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