採用難・定着難の時代に「選ばれる組織」を作るためには【後編】

労働市場の環境変化により、自治体は採用難、定着難、昇任難という3つの難局に直面しています。このような状況を打開するためには、エンゲージメントの向上が不可欠です。前回は、高エンゲージメントスコア(以下ES)組織と低ES組織を比較分析した結果、両者の差は「a.職場内の良好な人間関係」「b.上司からの適切な情報提供」「c.上司の適切な支援・判断行動」に対する「満足度」にあることが明らかになりました。aの改善の土台となるのは人間関係の質であるため、「相互無関心」から「相互理解」「信頼」「要望」へと段階的に関係の質を高める方法について解説しました。今回は、「上司からの適切な情報提供」と「上司の適切な支援・判断行動」の実践に向けたポイントについて解説します。

▼ 従業員エンゲージメントを可視化・改善するモチベーションクラウドはこちら
“行動だけ”で終わらせない:上司から目的と意味まで共有する
「上司からの適切な情報提供」とは、どのような情報提供なのでしょうか。上司が部下に提供する情報には、「行動」「目的」「意味」という3つの水準が存在します。この3つの水準の重要性を理解するために、よく話されるのが「3人のレンガ積み職人」の話です。ある人が、レンガを積んでいる3人の職人にそれぞれ「何をしているのか」と尋ねました。1人目は、「見ればわかるでしょ。レンガを積んでいるんだよ」と答えました。2人目は、「新しい教会を作っています」と答えました。3人目は、「村人が祈りを捧げ、心を安らげるための場所を作っています」と答えました。3人のうち、誰が最もモチベーション高く、今の仕事に向き合っているといえるでしょうか。言うまでもなく、3人目の職人だと言えます。3人の違いとしては、1人目は行動のみ、2人目はその目的まで、3人目は意味までを捉えています。

多忙な行政機関の現場では、コミュニケーションが希薄になりがちです。そのため、日々の多忙さから、時に上司は「行動」のみを矢継ぎ早に伝えてしまうことがあるのではないでしょうか。
「行動」は、部下にとって何をすべきかが明確だというメリットがあり、業務開始当初はありがたく感じられるかもしれません。しかし、目的や意味が分かっていない仕事が続くと、職員のモチベーションは長続きしません。自分の仕事が組織の、社会の「何のため」に繋がっているのかを感じられず、エンゲージメントの低下につながります。そのため、上司は業務前後のタイミングなどで、部下と一緒に目的や意味に立ち返り、共有することが必要なのです。
では、実際どのように実践すればよいのでしょうか。現場でよくある、「上司が部下に対し、特定の政策や事例に関するリサーチ業務を任せる場面」を例に考えてみましょう。
■「行動」のみを伝える
「行動」のみを伝える場合、上司は「A市の先進事例について、ウェブサイトと報道記事を調べて、来週火曜までにA4用紙一枚にまとめてください」と指示を出します。部下にとっては、与えられた手順を期限までに終わらせるという認識に留まります。
■「目的」を伝える
さらに「目的」を伝える場合、上司は「A市の次期計画の方向性を決めるための参考資料を作成します。先進事例について、ウェブサイトと報道記事を調べて、来週火曜までにA4用紙一枚にまとめてください」と伝えます。部下は、この仕事が何に役立つかを理解し、その目的に合った資料を作成しようとします。
■「意味」まで伝える
最もエンゲージメントを高めるために重要なのが「意味」まで伝えることです。上司は「A市の住民満足度を向上させる新しい施策に関する業務です。次期計画の方向性を決めるための参考資料を作成します。先進事例について・・・」と伝えます。部下は、このリサーチが何のために行われ、最終的にどんな価値につながるのかを認識することができます。
多忙な中でも「行動」だけでなく、「目的」や「意味」を伝えることで、部下は仕事の重要性を理解し、自律的に質を高める工夫をするようになります。3人目のレンガ職人のように、「意味」まで共有することが、仕事への楽しさや貢献実感を生み、エンゲージメントの維持・向上につながるのです。
部下の状況に応じた関わり方のポイント
最後に、「上司の適切な支援・判断行動」とはどのようなものなのでしょうか。前述のサーベイ結果からは、支援行動においては、低ES組織でも一定の満足度はあることが分かっています。このことから、単に支援の「量」を増やせば良いわけではないことが示唆されます。上司の時間にも限りがあるため、必要以上に支援を増やしても、上司の負担が増すばかりで効果は限定的です。重要なのは、メンバーの状況に合わせた「関わり方の質」を高めることであると言えます。
部下への効果的な関わり方を考える上では、「シチュエーショナルリーダーシップ(SL理論)」が参考になります。SL理論では、上司がメンバーの育成を行う上で、「状況にあった関わり方をすること」が大切だとされています。すなわち、タスクごとに上司の「メンバーができると思っているか」という認識と、メンバー自身の「自分にできると思っているか」という認識の2軸で状況を整理し、関わり方を変えるという考え方です。このSL理論を踏まえた関わり方のポイントは以下の通りです。

■自由と責任を与えて任せるマネジメント
上司・メンバーともに「できると思っている」、下の図表における右上の業務は、「自由と責任を与えて任せるマネジメント」の領域です。ここでは、上司は「成果」と「期日」を合意したうえで業務を任せます。相談がある場合は、本人から声をかけさせるようにし、深追いせずに見守ります。
■対話を意識して励ますマネジメント
上司は「できると思っている」一方で、メンバーは「できないと思っている」左上の業務は、「対話を意識して励ますマネジメント」の領域です。ここでは、メンバーは不安を抱えているため、不安解消のための「進捗確認」の時間を定期的に設けておき、積極的に挑戦させます。
■具体的に手順を教えるマネジメント
上司・メンバーともに「できないと思っている」左下の業務は、「具体的に手順を教えるマネジメント」の領域です。この領域では、事前に「目的・目標」「役割」「方法」などを丁寧にすり合わせ、次の確認時間まで決めておきます。この段階では、困りごとがないかを上司や先輩職員から声をかけて聞くといった支援行動をとるのがよいでしょう。
業務の難易度とメンバーの習熟度に応じて関わり方を変えることで、上司の時間を有効に使いながら、メンバーの成長とエンゲージメントを高める支援が可能になります。
では、実際にはどのようなかかわり方が求められるのでしょうか。前述した「上司が部下にリサーチ業務を任せる場面」を例にとって、SL理論に基づいた具体的な支援行動を見てみましょう。
「任せる」
過去に同様の調査経験があるなど、メンバーも自信を持って進められる状況です。上司は「水曜日までに、施策の次期計画の検討に活かせるようなA市の事例についてのリサーチをお願いします。アウトプットの形式などは任せます」と伝えます。相談はメンバーの声かけに応じるのみとし、それ以上は深追いしません。
「励ます」
メンバーは基本的なスキルは持っているものの、今回のテーマが新しく不安を感じている状況です。この場合、上司は「水曜日までに、施策の次期計画の検討に活かせるような事例収集をお願いします。あなたの持つスキルで対応可能だと思っているので、完成度は気にせず取り組んでみてください。定期的に進捗確認の時間を設けましょう」と伝えます。
「教える」
新人のように経験が浅く、リサーチ業務が初めてのメンバーである状況です。上司は、「この業務の目的は、施策の次期計画の検討に活かす情報を提供することです。あなたの役割は、A市の先進事例についてのリサーチをすることです。ウェブサイトや報道記事を調べて、A4用紙一枚程度にまとめてください。まずは短時間取り組み、1時間後に方向性を確認する時間をとります」と伝えます。
このように、業務の難易度とメンバーの習熟度を正確に見極め、状況に合った支援行動と意思決定のタイミングを選ぶことが、メンバーの成長を促し、組織全体のエンゲージメントを高めることにつながるのです。
おわりに
2回にわたり、高ES組織と低ES組織の比較分析を通じて、「選ばれる組織」づくりに向けたポイントを解説しました。相互理解に基づく信頼関係の構築、仕事の意味の共有、そして部下の状況に合わせた適切な支援といった行動は、明日からでも実践できる具体的なアクションだと言えます。まずは小さな対話の積み重ねから、組織の活性化に取り組んでいただければと思います。
一方で、組織内部の強化と並行して向き合わなければならないのが、入り口となる「人材の確保」です。次回は、全国的な課題となっている「地方公務員の受験者数減少」に焦点を当てます。採用難が加速する時代において自治体がいかにして人材を惹きつけ、確保していくべきか。その現状と打開策について深掘りします。


