HR Techの第一人者が見つめる、「HR Techの現在と未来」。 慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本隆氏
日本を代表する大手企業の人事責任者が見守る中で繰り広げられたトークセッション「HR Techが企業経営を変える〜産学官のスペシャリストが語る『組織人事』の未来とは〜」。学の立場からは、HR Techの第一人者である、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授の岩本隆氏をお招きし、「『HR Technology』のトレンドはどうなっているのか」についてお伺いしました。
【プロフィール】
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授 岩本隆 氏
モデレーター
株式会社リンクアンドモチベーション
取締役 モチベーションクラウド事業責任者 麻野耕司
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進化し続けるテクノロジーを活用する側に回らなければ、人間の介在価値はない。
麻野耕司(以下、麻野):本日のテーマは、「『HR Technology』のトレンドはどうなっているのか?」。日本のHR Techの第一人者である慶應義塾大学の岩本先生に、お話しをおうかがいしていきたいと思います。
岩本隆氏(以下、岩本氏): HR Techという言葉は、HR領域の方々には特別な言葉のように聞こえるかもしれません。ですが実は、X-Techという言葉があって、XにはFinやHealthなど、30ほどの言葉が入るんです。HRはもちろんその中のひとつであり、様々な領域で新しいテクノロジーが活用されていると捉えていただいたらよいかと思います。
実はHR Techは、日本では使われていなかったというだけで、20年ほど前からある古い言葉です。例えば、給与システムなんかもHR Techと呼ばれていましたし、広義な意味ではすべての会社がHR Techを活用していると言って、間違い無いと思います。以前は、数値やテキストデータが対象でしたが、テクノロジーの進化により今や、音声や画像・映像、行動データまで対象になっています。
最新事例としては、HR-Solution Contestでグランプリに輝いた、株式会社ジンズの「JINS MEME OFFICE BUSINESS SOLUTIONS」というのがあります。生産性の重要因子である集中力を、メガネをかけることで計測するというテクノロジーです。
分析分野では、統計分析・AI・機械学習などが猛烈な勢いで進化していることは、皆さんもご存知かと思います。私も人事データ分析の研究をしていますが、今やノートパソコンでビッグデータ分析ができてしまう時代です。
以前は、スーパーコンピューターを使わなければできなかったけれど、非常に簡単になりました。インターネット上にも、統計分析や機械学習のプログラムがフリーで存在しているような状況です。
現時点では、テクノロジーが進化しつつも、分析・予測結果のデータを見て、解決策を考え、取り組むのは人間です。ですが、この人間が担っている部分までもテクノロジーで補おうと、技術開発は進んでいます。そういった意味では、人間の介在価値がほぼなくなってくるということです。
これからは、テクノロジーの上をいくと言いますか、テクノロジーを活用して更なる付加価値を生み出せる、経営者・人事マンが求められると言えるでしょう。
HR Techで次に注目すべきは、タレントマネジメントと財務会計システムを連携させた、HCM市場。
岩本氏:また最近では、HCM(Human Capital Management)という言葉を耳にすることも多いかもしれません。HCMとは、「タレントマネジメント+財務会計」のことです。
タレントデータと財務会計システムを連携させることで、人を数字で管理できるようになるというもの。つまり、この人は幾らコストがかかり幾ら儲かるのかを、瞬時に算出できるようになるわけです。
加えて、CHRO(Chief Human Resource Officer)とCFO(Chief Financial Officer)の連携が進んでいます。CHROはコストと投資とリターンの観点から人材を測定するという意味で、ファイナンスがわからなければならないし、CFOも人材を数字で管理できないといけない。つまり物理的資産と同様に人材を管理できなければいけないんですね。
HCM市場は、2015年で1兆数千億に上っており、SAPをはじめとしたアメリカ企業がトップを占めています。スタートアップ企業という観点では、4位のWorkday、6位のLinkedInあたりでしょうか。
Workday は設立10年程度ですが、時価総額2兆数十億円規模にまで成長している、注目企業でもあります。
日本のHR Tech市場はまさにこれから。急速な発展を遂げる予兆は、十分にある。
岩本氏:日本でもHR Tech市場は盛り上がりを見せていまして、株式市場でも、HR Tech銘柄が最も株価が上昇しています。パソナグループの子会社であるベネフィット・ワンは、時価総額が2,000億円を超えて、親会社のパソナの3倍以上の価値をつけています。
また、HCMアプリケーションベンダーの領域には、ベンチャー企業だけではなく大手企業も参入しており、その数は100社を超えていると言われています。
また欧米では、「デジタルHR」と呼ばれる、デジタルがわかる人事パーソンの存在が必須だとも言われ始めています。
これは、エンジニアになれということではなく、「デジタルを活用すると、経営や人事はどう変わるのか」、将来を読みながら設計できることを指しているのでしょう。
麻野:アメリカは特に、HR Techの投資も活発で、多くのプレイヤーが出てきているということが非常に印象的です。日本のHR Techの投資額は、アメリカの1.4%ほどであり、アプリケーションを提供するような会社は、ほとんどが外資系企業です。
日本の人事関連のシステムは、20年ほど変わっておらず、クラウド化も進んでいない。日本ではなぜHR Techの普及が進んでいないのでしょうか。
岩本氏:例えば、グローバルで見るとHR Techのカンファレンスは非常に盛り上がりを見せているんですが、日本からの参加者は極めて少ない。
マーケティングなどの領域では技術調査をはじめとして、海外視察は一般的だと思いますが、人事にはまだそういう慣習がないとも言えますね。ただ、直近2年ほどの動きを見ていると、日本企業のキャッチアップスピードは目を見張るものがあります。
定点で見るとまだまだですが、風向きで見ると、ものすごい速さで普及していくのではないでしょうか。ここ2~3年で大きく変化があるのではないかと思います。
製造業からサービス業への産業構造の転換。「人材マネジメント=経営」の時代へ。
麻野:岩本先生が以前お話しされていた、日本はサービス業が主流の時代に入りながら、製造業時代のマネジメントを引きずったままだというお話しも、是非ご披露いただきたいです。
岩本氏:現在の日本のGDPの75%は、サービス業が占めているという現状があります。製造業が主流の時代は、同一クオリティの大量生産が実現できるよう、人材をマネジメントすることが求められました。
つまり、生産性を定数でマネジメントできることが、求められていると言い換えられます。ただ、サービス業となると話は異なります。例えばプロスポーツの世界がわかりやすいですが、1人が1億円稼いだり10億円稼いだりする。生産性が変数化しているんですね。
つまり、人材マネジメント次第で業績が変動するという訳なんです。
企業も同様で、サービス業の時代に入った今、生産性がマネジメントによって変わるため、その変数を高めることが企業の業績にも直結します。産業構造としても、人材マネジメントが経営そのものになってきていると言えると思います。
麻野:非常にわかりやすいですね。イチロー選手は年間200本のヒットを打ちますが、同じプロ野球選手と言っても、ほとんどの選手が1本もヒットが打てない現状がある。つまり、生産性という意味では数千倍の差がついていると思います。
しかし、この資産価値の変動の激しさは、データがなければ把握できないですね。バレーボールの日本代表の試合を見ていても、監督がiPadでデータを見ながら指示を出していますが、まさに常にデータを手元に置いて戦うということを、ビジネスの世界でもやっていかなければいけないということでしょうね。
私自身、HR Techはあくまでも手段であり、どう業績につながるかが非常に重要だと考えています。岩本先生との共同研究で、弊社のサービスであるモチベーションクラウドのエンゲージメントスコアが、どれほど業績に対してインパクトがあるのかを統計処理しているのですが、明確な傾向が出てきています。
日本のHR Techをリードしていく立場として、業績向上に寄与するツールであるモチベーションクラウドの普及に努めていきたいと改めて思いました。本日はどうもありがとうございました。
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※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。