日本の生き残りをかけた、働き方改革第2章がはじまる。経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤 禎則氏
日本を代表する大手企業の人事責任者が見守る中で繰り広げられたトークセッション「HR Techが企業経営を変える〜産学官のスペシャリストが語る『組織人事』の未来とは〜」。
官の立場からは、経済産業省で「働き方改革」の旗振りも担っておられる伊藤禎則氏をお招きし、「なぜ『HR Technology』が重要だと考えているのか」について聞いた。
【プロフィール】
経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤 禎則氏
【モデレーター】
株式会社リンクアンドモチベーション 取締役 麻野 耕司
※役職は記事公開当時のものです。
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「AI×データ時代」「人生100年時代」によって、今まさに働き方が変わろうとしている。
麻野 耕司(以下、麻野):「なぜ『HR Technology』が重要なのか」。この壮大なテーマを、経済産業省で人材政策の責任者を務める伊藤さんにお話しいただきたいと思います。
伊藤 禎則氏(以下、伊藤氏):安倍政権では、「働き方改革」ということで、「人材」が重点テーマになっており、私もその黒子として切り盛りをしています。本日のテーマである「HR Techの必要性」をお話する前に、「なぜ今働き方改革なのか」について言及させてください。
今まさに、「AI×データ時代」「人生100年時代」というふたつの波により、我々の働き方が変わろうとしています。いわゆる、第4次産業革命です。
「AI×車」で自動運転、「AI×生産管理」でIOTといったように、バイオ・医療・フィンテック・エネルギー、あらゆる産業において、AI・データが進化を遂げつつあります。
例えば今日も銀座駅を利用された方もいると思いますが、改札を通過する度に、スイカやパスモでデータが吸い上げられ、自動車で来られた方は、走行情報がデータで吸い上げられています。
今や人間活動・企業活動において、データは欠かせないものになっているということです。
そういった中で、「AIが人間の雇用を奪う」といった議論もありますが、答えはシンプルで、無くなる仕事もあれば新たに生まれる仕事もあるということです。
「AI対人間」という構図で捉えるのではなく、「AIを活用して付加価値を上げる側に回る」ことが求められていると言えます。
働き方改革の大きなメッセージとしては、テクノロジーをどう活用していくのか。このテーマは、全世界で取り組まれていることで、2017年1月のダボス会議でも議論されたものです。
一方で、新入社員の方が亡くなったという電通事件もありました。働き方改革は、2016年の9月から仕掛けてきた訳ですが、様々な出来事を経て、ようやく長時間労働の是正がなされてきたところです。
実は、70年前につくられた労働基準法においては、日本企業における残業時間は、労働組合が合意をすれば青天井でしたが、今回大幅に変わることになります。どんなに労働組合が合意をしたとしても、罰則付きの上限規制が導入されます。
具体的には、設定できる残業の上限は、年間720時間、繁忙期でも単月で100時間未満までになります。
制度も手伝って、さらに長時間労働是正へテコ入れが可能になると考えていますが、あくまでもこれは、ボウリングで言うところの、ファーストピン。労働時間を減らすことがストライクではありません。
長時間労働の是正というファーストピンで、一体何を倒すのか。狙うべきはやはり、生産性向上です。そして、働く人ひとりひとりのモチベーションやエンゲージメントによって、生産性をどう支え続けていくのかです。
企業の競争力・付加価値の源泉は「資金」から「人材」の時代へ。
伊藤氏:生産性向上こそ、働き方改革の第2章だと捉えていまして、我々政府としても民間の方々と共に、この第2章をどう推し進めていくのか。
この実現のために、「労働時間や在籍年数ではなく、成果とスキルで評価すること」「働く人のニーズや価値観の多様化に対応すること」「一億総学び時代のキャリアの築き方」に取り組んでいるところです。
特に三点目の「一億総学び時代のキャリアの築き方」は私自身が目下手がけているテーマですが、働く一人ひとりが、自分のキャリアをどう築いていくのか。
実は、著書「LIFE SHIFT」でも有名なリンダ・グラットンさんにも、官邸の会議の委員に入っていただいて、小学校から大学までの16年間の学校教育の中で何を学ぶのかにとどまらず、社会に出てからが教育の本番だという仕組みをつくろうとしています。
リンダ・グラットンさんによれば、2007年以降に日本で生まれた子どもの50%以上が107歳まで生きるそうです。2017年7月に亡くなられた、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生は、最後の最後まで現役でいらっしゃった。
人生100年時代というのは、我々全員が日野原先生のように現役で生きるということ。働くことと学ぶことは、完全に一体化してくると言えると思います。
キャリアラダーという言葉があって、キャリア論の中では非常に重要なコンセプトなんですけど、もはやラダー(=はしご)ではなく、GPSみたいなものかなと思います。さらに言うと、「人生すごろく」から、「ポケモンGO」なのかなと。
どういうことかと言うと、サイコロを振って、一個ずつ歩を進めて「上がり」を目指すのではなくて、色々なところに出かけて、持ち札を増やす(=ポケモンをゲットする)。すごろくを進めることから、自分の持ち札をどう増やしていくのかということに、キャリア観が変わってきていると思います。
もちろん、ひとつの会社で勤め上げてもいいんです。ただ、その中でどういうカードを持つのか。ただ、人生100年時代になってくると、結構な確率で75歳80歳まで働けるようになってくるので、企業は、人間の働く長さよりも企業の寿命の方が短くなってきていることを前提とせざるを得なくなってきています。
そういった流れの中で、企業として考えるべきは、競争力・付加価値の源泉は、資金ではなく人材にあるということでしょう。人材という資産のROA(Return On Asset/純資産利益率)を高めることが、経営戦略そのものです。
勘と経験だけではない、テクノロジーの活用が、人事に大きなインパクトをもたらす。
ここでHR Techが出てくる訳ですが、冒頭にお話しした通りで、すべての分野でAI・データが変化をもたらす時代です。それは、人事の世界も例外ではありません。むしろ、大量のデータを処理してアウトプットにつなげるという意味では、AI・データは、人事の領域に親和性が高いと言えます。
本来、人事の仕事は個別最適で行われるべきものであるにも関わらず、その実現は不可能とされてきましたが、AIやデータによって、パーソナリゼーションは可能になると考えられます。
勘と経験だけではないテクノロジーの活用は、日本の人事・日本の働き方に非常に大きなインパクトをもたらします。例えば、ITやウェアラブルの活用により、個別性に対応した労務・健康管理が可能になるでしょう。
麻野:働き方改革の第1章は、労働時間の適正化に光を当てたものだった。ただ、それだけでは国力は上がらないし、GDPも上がらない。労働生産性や労働意欲の向上が不可欠だというお話しだったと思います。
「ゆとり教育がその後見直されたのと同じように、労働時間の適正化だけで終わってしまうと、何年後かに、あのときのゆとり労働で日本はとどめを刺されたと言われる日が来るだろう」
これは、伊藤さんが以前にお話しされていて、私自身、非常に印象に残っているエピソードです。まさにこれから始まる、第2章が大事だということですね。
あらゆる産業でAIやデータが活用され始め、第4次産業革命だと言われていますが、HR業界もしっかりとデータを活用して、生産性の向上やエンゲージメントの向上に取り組んでいくべきだというお話だと受け止めました。
完全自前主義から脱却し「つなげる」ことが、第4次産業革命の本質。
麻野:最後に、伊藤さんにも、この質問をぶつけてみたいと思います。日本の人事関連のシステムは、20年ほど変わっておらず、クラウド化も進んでいない。日本ではなぜHR Techの普及が進んでいないのでしょうか。
伊藤氏:仕事柄、企業の方にお会いする機会が非常に多いのですが、「自前主義」が理由ではないかと感じますね。これってある意味、成功の落とし穴みたいなものなんです。過去は、自分の企業で全部やるということが成功をもたらしていたけれど、第4次産業革命の本質はコネクテッド。
つまり、つながりですね。仕事も、AIができること・社内の人間で担うこと・アウトソースで外部人材に依頼することなど、振り分けていくことが仕事の本質になっていくと言えます。
自前主義ではない形で、どの部分をアウトソースするのか・どの部分でテクノロジーを使うのか。今この瞬間は、人事上のすべての課題に満足に応えられるソリューションを提供できる企業はいないと思います。今は過渡期であり、それでいい。
このテーマについてはこの企業で、あのテーマについてはあのサービスを使ってみようと、実験できる段階なので、そのトライこそが、結果として、AI時代における経営改革・業務改革につながっていくと思いますね。
私自身も、「働き方改革×テクノロジー」により、一人ひとりの働く喜びを解放していくことで、企業が成長し日本経済が成長していくことを願いつつ、これからもHR Techを盛り立てていきたいと思います。
麻野:ありがとうございます。まさにこれから各社が本腰を入れて改革を進めていく中において、私自身も、モチベーションクラウドというサービスで、HR業界におけるHR Techを牽引していけるよう、引き続き尽力したいと思います。本日は貴重なお話を、ありがとうございました。
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※本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞や場所等は取材当時のものです。