円谷教授×日東電工 ESGトップ企業によるシェアホルダーズバリュー最大化への挑戦 「HR Transformation Summit 2024」イベントレポート
世界は変化し、AIなどの技術進化に注目が集まっていますが、資源に乏しいこの国にとって本当に注目すべきは最大の資源となりうる「人・組織」です。「人・組織」の力を成長エンジンとして未来を創る。私たちはそんな意志を持ち、「HR Transformation Summit 2024」を開催しました。
Session3では、一橋大学大学院の円谷昭一氏、日東電工株式会社 取締役 専務執行役員 CHRO コーポレート人財本部長の大脇泰人氏をお招きし、「ESGトップ企業によるシェアホルダーズバリュー最大化への挑戦」というテーマでトークセッションを行いました。
【イベント実施日】
2024年7月30日
【スピーカー】
・一橋大学大学院 経営管理研究科 円谷 昭一 氏
・日東電工株式会社 取締役 専務執行役員 CHRO コーポレート人財本部長 大脇 泰人 氏
【モデレーター】
・株式会社リンクコーポレイトコミュニケーションズ 代表取締役社長 白藤大仁
▼ エンゲージメントを可視化し、組織改善を行うサービス【モチベーションクラウド】はこちら
ESG経営は「ステークホルダーに適正な対価を払う経営」
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:本日は、「ESGトップ企業によるシェアホルダーズバリュー最大化への挑戦」というテーマでトークセッションを行ってまいります。早速ですが、円谷先生、プレゼンテーションをお願いします。
一橋大学大学院 円谷氏:私からは、「シェアホルダーズバリュー向上に繋がるESG経営とは?」というテーマでお話をしてまいります。まず、「シェアホルダーズバリューとは何なのか?」という話ですが、欧米では「シェアホルダー(株主)が持つ価値」という意味合いで、経営や投資の世界で使われています。この用語を聞くと、「株主重視」「株主価値の最大化」といった言葉が想起されることが多いのですが、私は、「株主重視」という言葉は使いたくないですし、実際に使っていません。シェアホルダーズバリューを語る際、常に言っているのは、「株主を軽視しないでください」ということです。
というのも、これまでの日本企業は様々なステークホルダーに富を配分し、最後に余った税引後利益が企業の内部留保となり、そこから一定の配当を出せば株主は満足するという考え方だったと思います。スライドの左側のイメージです。ステークホルダーの仲間に株主が入っていないわけです。そうではなく、右側のように、最後でいいから株主を仲間に入れる。そういう経営をする必要があると思います。
シェアホルダーズバリューと言うと、すぐに株主を一番上に持っていきたがります。ですが、そうなると「じゃあ、研究開発費を削るの?人件費を削るの?」といった分配論争になってしまいます。それでは本質を見誤るので、あくまで「株主を軽視しない姿勢」が重要だと思っています。
では、株主を軽視しない姿勢とはどういうことでしょうか? 私は2つのポイントがあると考えています。1つ目のポイントが、株主の気持ちを理解することです。先ほど、ステークホルダーの仲間の一番最後に並んでいるのが株主だと申し上げましたが、行列の最後に並んでいるとき、みなさんはどのような気持ちでしょうか? 「早く進まないかな」というイライラ感と、「自分まで回ってくるのかな」という不安感、この2つだと思います。株主は貪欲にリターンを求める一方で、株価下落にとても臆病です。こうした株主の気持ちを理解したうえで対話をすることが大切です。
2つ目のポイントは、株主の発想を理解することです。日本では今、大量の企業に大量の資金を細かく機械的に配分する「パッシブ運用」という投資手法が増えています。大きな機関投資家になると、大体2,000社ほどの上場企業に投資しています。彼らが考えるのは、2,000社の「種の保存」、すなわちポートフォリオの存続です。一方で、企業側が考えるのは「個の保存」、すなわち企業自身の存続です。こうした発想の違いを埋めて、対話をすることが重要です。
投資家はポートフォリオの存続を考えるので、議決権行使なども機械的に行わざるを得ません。そうなると、企業側は「なんでうちのことをもっと見てくれないんだ」といったフラストレーションが溜まります。ただ、2,000社も持っているなかで対話をするとなると、機械的になるのは、ある意味で仕方のないことです。そう考えると、企業側は「自社はこういう会社なんです」ということを投資家目線で開示することが重要になってきます。
私は、ESG経営というのは「ステークホルダーに適正な対価を払う経営」であると、やや大きく捉えています。
企業はステークホルダーから様々な経営資源を調達して、経営をしています。国からはインフラの提供を受け、株主からは資金の提供を受け、従業員からは労働力の提供を受けています。こうしたものを「コスト」だと考え、最小化しようとすると、経営資源を提供してくれている人たちが存続できなくなります。サプライヤーを過度に締め付けたら、サプライヤーが研究開発できなくなったり、場合によっては偽造してしまったりするわけです。
そうならないようにするには、自社に経営資源を提供してくれる人たちに適正な対価を支払わなければいけません。経営資源の提供者が持続すれば、その中心にいる自社も持続できるわけで、こうした発想で対話・開示をしていくことが大事だと思います。
昨今は、ESGのなかでも「人的資本」がフォーカスされています。普段、大学でゼミ生をはじめとする若者と接している人間として、人的資本のポイントをお話ししたいと思います。
今、新卒学生の量と質の転換期が来ています。先に量についてですが、多くの企業が「人が採れない」、特に「若手が採れない」と悩んでいます。とは言っても、今の大学4年生の出生数は112万人います。ただ、昨年(2023年)の出生数は73万人を切っています。20年後、大変な人手不足になるのは明らかです。73万人 × 80歳だとすると、人口は6,000万人になります。国内売上半減のような時代が間違いなく訪れます。
次に、質に関しては、これまでの常識が大きく変わっています。我々の世代はどちらかと言うと、入社から退職までの「積分」で人生を考えてきました。企業も、「積分」を前提にした給与制度や福利厚生制度を設計していました。しかし、今の若者は「微分」で人生を考えています。「20代で、どれだけ価値を高められる会社にいけるか」「30代で、また別の価値を高められるか」というように、世代で区切って「微分」で考える傾向があります。同じ会社でそれができないのであれば、転職して新たな活躍の場を求めます。企業からしたら短期主義だと思えるかもしれませんが、今の学生は、組織に頼らない力が付いているのかもしれません。
私の研究室では、「日本企業のなかで人がどのように位置付けられてきたのか」ということを調査しています。具体的には、人事担当者のトップが取締役にいるか・いないかという調査をしているのですが、30年前から見ると、人事担当と明記された取締役がいない会社がどんどん増えています。人事のトップが執行役、あるいは部長で終わっている会社も少なくありません。日東電工さんは、人事担当取締役ということでいらっしゃいますが、こうした会社はかなり少なくなっており、2023年では5%を切っています。場合によっては、CFOの下に人事のトップがいる会社もあり、労務費の管理が仕事なのかなと考えてしまいます。人的資本経営を推進するのであれば、組織体制の見直しも必要になってくるはずです。
環境貢献・人類貢献の製品へポートフォリオを切り替える
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:続きまして、日東電工の大脇様、プレゼンテーションをお願いします。
日東電工株式会社 大脇氏:弊社は1918年に設立し、今年で106年目を迎える会社です。現在の売上は約9,000億円で、私が入社した40年前に比べると約7倍になっています。製品はバラエティーに富んでいますが、メインはスマートフォンやPCに使われる光学用のフィルムです。様々な高機能材料を用いた中間材料メーカーとして、事業のポートフォリオを変革しながら成長してきた会社です。
ポートフォリオ変革を進める中でも資本コストを意識した事業運営を行なっており、生み出したキャッシュをもとに、設備投資、研究開発投資、人的資本投資そして株主還元を考えながらESG経営を進めています。
「新しい発想でお客様の価値創造に貢献します」という経営理念を掲げていますが、ここにESGのスパイスを加えていこうということで、数年前に「社会課題の解決と経済価値の創造の両立」というサステナビリティ基本方針を掲げました。
もともとニッチな領域でグローバル展開をしながらトップを目指してきた会社ですが、その戦略は変えることなく、そこにESGのスパイスを加え、2030年のありたい姿として「なくてはならないESGのトップ企業」と掲げています。これを3ヶ年の実行計画に落としたのが、今の中期経営計画です。「ニッチトップ戦略」と「Nitto流ESG戦略」、これをいかに掛け合わせて実践していくかというストーリーで事業を展開しています。
ESG経営を推進するために、弊社ではまず「環境に貢献する」「人類に貢献する」ということを定義付けしました。外部の有識者に入っていただきながら、「どれだけ環境に貢献する製品なのか?」「どれだけ人類に貢献する製品なのか?」ということを定量化し、貢献度を測り、「環境貢献製品(PlanetFlags™)」と「人類貢献製品(HumanFlags™)」という認定製品を定義しました。
現在は、環境貢献製品として9製品、人類貢献製品として15製品を認定していますが、最終的にはすべてを認定製品に変えていこうと、新たなポートフォリオの変革を進めている最中です。
このような事業展開をしながら、戦略の下に様々な実行計画を立てています。財務目標と未財務目標を立てていますが、これはかなりハードルの高い目標だと感じています。ですが、我々がどれだけの位置に到達しているのかを外部に評価していただこうと、積極的な開示を進めています。「できていないところをどう改善するのか?」も含めて、ステークホルダーの皆様に見ていただきながら、次のアクションにつなげていきたいと考えています。
「社会課題の解決」と「経済価値の創造」の両立は難しく、本当にチャレンジだと思います。ですが、弊社にはチャレンジするカルチャーがあります。エンゲージメントサーベイの結果を見ても、81%の社員が「私は仕事を通じて新しいチャレンジに取り組むことができる」と回答しています。
ただ、一歩踏み込んで考えなければいけないのが、「チャレンジできるかどうか?」ではなく、「本当にチャレンジしているのか?」ということです。「チャレンジできます」と言う社員が多いことは分かっていますが、「実際にどれだけのチャレンジが生まれたのか?」ということは、今まで測ったことがありませんでした。ですから、新たに「チャレンジ比率」という指標を設けて、測定し始めました。
チャレンジ比率は、新たな価値創造に向けて自身の可能性や経験を広げた人を数値化したもので、「自分起点チャレンジ」と「会社起点チャレンジ」に分けています。たとえば、グローバルで行っている「新規事業創出大会」は、4週間で1,000件超の応募がありました。また、「GATE」という小集団の改善活動を行っていますが、こちらは6,000人を超える社員が参加しています。
チャレンジ比率を示すことによって、チャレンジしていない社員にも「私もチャレンジしてみよう」という気持ちが生まれ、いわゆるクリティカルマスを超えて、雪だるま式にチャレンジが増えていくような形を目指しています。
ステークホルダーを大切にする会社には、優良な経営資源が集まってくる
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:ここから時間の許す限り、トークセッションを進めていきたいと思います。まずは、「今後、ESG経営を進めていくうえで、どのような点が壁になると捉えているか?」という問いを投げかけさせていただきます。大脇様、いかがでしょうか。
日東電工株式会社 大脇氏:ESG経営を進めるうえで、弊社は社会課題の解決と経済価値の創造の両立を目指していますが、「言うは易し行うは難し」です。私は、この難しさをトップ自らが語ることが重要だと思っています。「難しいことだけど、我々はチャレンジするんだ、投資をするんだ」とコミットすることですね。
また、「ESG投資」を「費用」にしてはいけません。たとえば、環境に関しては「いかにカーボンニュートラルを進めるか」というテーマがありますが、進めるだけならお金をどんどん使えばいいだけの話です。しかし、それでは費用という形でどんどんキャッシュアウトするだけです。ですから、我々はこれをビジネスにしていこうと考えています。我々の技術を転換し、たとえばCO2を取り出すような製品を開発し、経済価値に変えていこうという考えでESGを進めています。
一橋大学大学院 円谷氏:身近な例にはなってしまいますが、先日、腰が痛くて揉んでもらったとき、「30年かけてこの腰になったんだから、治るのにも30年かかりますよ」と言われました。ESGもそういう世界だと思うんです。30年かけて今の環境になったのであれば、改善するための期間もそれ相応に長くなります。今の経営陣で30年やるのは無理な話ですから、いかに長期的な目線でコミットできるかが大事だと思います。今の社長だけでなく、ESGが長く経営陣に染み付いて、それがサクセッションとしてうまく回っていくのが理想です。
ステークホルダーを大切にする会社は、当然、ステークホルダーから見て「取引したい会社」になります。そうなれば、会社に優良な経営資源がどんどん集まってくるようになります。こうした土台を「今の代、次の代でどこまでつくるのか」という長期の目線が必要です。
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:
今、コミットが大事だというお話がありましたが、日東電工さんの場合、経営陣のみなさまのコミットメントをどのように醸成していったのでしょうか?
日東電工株式会社 大脇氏:先ほど、開示の話をしましたが、アピールするところはアピールして、できていないところはできていないと正直に開示する。こうして社外に公開、公言していくことがコミットになると考えています。
ただ、トップがコミットしても、それが実行されなければ意味がないので、いかにトップの考えを浸透させられるかが重要です。そのために、弊社の場合はグローバルで経営理念のワークショップを行っています。
このワークショップはカスケードダウン(組織のトップから最前線へと展開していくこと)の方式を採っており、最初は役員から本部長へ、次に本部長から部長へというようにカスケードダウンしていきます。各幹部は「例えば、日東電工にとってESGとは何なのか?」といったことを自らの口で語らなければいけないので、「自分ごと」として理解・実践するようになりますし、聞く側の「腹落ち感」も変わってきます。このワークショップを最前線まで順に行うことで、従業員への浸透を図っています。
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:続いて、「ESG経営をシェアホルダーズバリューの向上に繋げるための対話とは?」という質問をさせていただきます。大脇様、いかがでしょうか。
日東電工株式会社 大脇氏:当然のことですが、事業なくして企業は成り立ちません。世の中が大きく変わっていくなかで、投資家の皆様は、「いかに事業ポートフォリオを変革しながら成長していけるか」というところに注目していると思います。ですから我々は、「人財が成長し、活躍することで事業のポートフォリオを変革でき、企業価値向上につなげられるのだ」というシナリオを、投資家の皆様に示していかなければいけません。これは、弊社でも非常に重視していることです。
一橋大学大学院 円谷氏:私は、対話の前に情報開示があるべきだと考えています。情報開示の現状に目を向けると、たとえばグリーンハウスガスをまったく出さないような企業がTCFDのことを開示していたり、女性活躍の指標として女性管理職比率を開示している企業に、「女性がどういう状態になったら活躍しているとお考えですか?」と質問すると、答えが出てこなかったりします。女性が管理職になることは活躍の一部であるかもしれませんが、全部ではありません。こうした状況を見ても、「このデータは自社にとってどのような意味を持つのか?」といったことを深く考えたうえで開示をしている企業はまだまだ少ないと思います。
日東電工さんのように、自社にとって必要な情報を定量・定性で開示していれば、「その後、どう変わったの?」「もっと聞きたい」というように、投資家との対話も深掘りされていくと思います。いきなり対話をするのではなく、いかに対話のための開示ができるかが重要なのではないでしょうか。
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:続いて、「シェアホルダーズバリューに繋がるガバナンスの取り組みとは?」という質問を用意しております。円谷先生、いかがでしょうか。
一橋大学大学院 円谷氏:ESGのなかでも、今回はヒューマンリソースにフォーカスされていますので、そこを中心にお話しさせていただきます。
人事の方とお話をしていて感じるのは、結構、他社の事例を知らないんだなということです。IRの方は他社と積極的に意見交換をしていますが、人事の方は他社のことを知らない人が多いと思います。ですから、人事こそ社外取締役の活躍の場ではないかと思っています。
人事の方は、どうしても過去との継続性・連続性を重視する傾向があります。今までやってきたことを断ち切るのは勇気が要りますが、1つ上のステップに上るためには断ち切る必要があります。その背中を押せるのが社外取締役だと思いますし、「他社ではこういう取り組みをしているよ」というように、外部から情報を持ってくるのも社外取締役の役目です。このように、ヒューマンリソースの領域で社外取締役が果たす役割は大きいのではないかと考えています。
まだ調査中ではありますが、アメリカの企業では社外取締役に人事の方が結構入っているようです。また、アメリカの企業は社内取締役が少ないわりに、そのなかにしっかりCHROが入っています。開示情報からは、「内部も外部も合わせてヒューマンリソースを語ろう」という姿勢が見てとれます。日本企業でも、リスク管理というより、人を見るというガバナンスの視点で社外取締役を活用することが必要なのではないかと思っている次第です。
日東電工株式会社 大脇氏:円谷先生がおっしゃるとおり、社外取締役の方の意見は非常に貴重で、「ここが足りていないんだ」「他社に比べて弱いんだ」といった気付きが得られます。ですから、弊社も取締役会で積極的にご意見をいただくようにしています。
ただ、取締役会というと結構堅い雰囲気で、「物申していいんだろうか」といった遠慮が働いてしまう可能性もあります。ですから、我々はできるだけフランクな場になるように努めています。たとえば、席次をくじ引きで決めています。社長の席も決まっていませんし、誰の横に座るかも分かりません。そうすることで、新たな意見や会話が生まれることも少なくないと感じています。
リンクコーポレイトコミュニケーションズ 白藤:大脇様、ありがとうございました。
お二人のお話を伺って、難易度の高い課題に取り組むワクワクさを、私たち大人の世代が次の世代に向けて背中を見せていくことが重要なのだと強く感じました。
また、開示のための開示ではなく、対話のための開示を企業が追及していくこと。
そして、ステークホルダーの皆様と一緒に次の時代が豊かになるように、
目の前の仕事に取り組みながらワクワクするチャレンジを続けることができれば、
本当に楽しい世の中になっていくのではないかと感じております。
以上をもちまして、トークセッションは終了とさせていただきます。ご登壇いただいたお二方、ならびに視聴者のみなさま、ありがとうございました。
▼ エンゲージメントを可視化し、組織改善を行うサービス【モチベーションクラウド】はこちら