
ウリケ・シェーデ氏×レゾナックHD 日本企業の強みを活かす経営 「HR-X 2026」イベントレポート
AIの進化、不安定な国際情勢、激化する人材獲得競争により、企業には部分的な改善ではなく、経営そのものの構造転換が求められています。私たちは、人と組織の価値が今後さらに経営の競争力を左右すると考え、日本企業の変革を後押しするため、株式会社日本経済新聞社 人財・教育事業ユニットと共催で「HR-X 2026(HR Transformation Summit)」を開催しました。
「組織変革を、社会変革へ」をテーマに、「世界との相対化」「人事の再定義」「変革の加速」という3つの視座から、実務の最前線に立つ実践者と有識者が議論を交わしました。
Session1では、カリフォルニア大学サンディエゴ校 教授のウリケ・シェーデ氏、株式会社レゾナック・ホールディングス 代表取締役社長 社長執行役員 最高経営責任者(CEO)の髙橋秀仁氏が登壇。
「世界から見た日本企業の強み」をテーマに、「日本企業の強みを活かす経営〜成長を支える企業文化と変革力〜」と題してトークセッションを実施しました。
【イベント実施日】
2026年8月25日
【スピーカー】
・カリフォルニア大学サンディエゴ校 グローバル政策・戦略大学院 教授 ウリケ・シェーデ 氏
・株式会社レゾナック・ホールディングス 代表取締役社長 社長執行役員 最高経営責任者(CEO) 髙橋 秀仁 氏
【モデレーター】
・株式会社リンクアンドモチベーション 特任執行役員 冨樫 智昭
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「Made in Japan」から「Japan Inside」へ
リンクアンドモチベーション 冨樫:本セッションは「日本企業の強みを活かす経営~成長を支える企業文化と変革力~」というテーマで進めてまいります。ウリケ・シェーデ様、髙橋様のそれぞれのプレゼンテーションの後、トークセッションに移ります。それではウリケ・シェーデ様よろしくお願いいたします。
ウリケ・シェーデ氏:私からは、「シン日本の経営:世界からみた日本企業の強み」というテーマでお話いたします。現在、多くの日本人が自国に対してネガティブな見方を持っていると感じています。その理由は、日本の強みが、目に見えやすい「Made in Japan」から、目に見えにくい「Japan Inside」へと移り変わる途中にあるからだと考えています。
「Made in Japan」の時代は、高度経済成長期にあたります。大企業がテレビやステレオなどの家電をつくり、ブランドロゴと「Made in Japan」の刻印を掲げていたため、誰もが日本企業の強さを実感しやすい時代でした。しかしその時代は終わり、現在は日本企業の技術が他社製品の内部に組み込まれて価値を生む「Japan Inside」の時代に入っています。強みが表から見えなくなったことが、日本人の悲観バイアスを生む一因になっているのではないでしょうか。
そのため、「日本はもうダメだ」「スマートフォンすら作れていない」という声をよく耳にします。しかし、完成品に日本企業のブランドロゴがなくても、約15年前からAppleやSamsungなどの多くのスマートフォンにおける付加価値の約3分の1を日本企業が生み出しています。ただ、製品に「Japan Inside」というステッカーが貼られているわけではないため、その事実は業界関係者以外には伝わりにくくなっています。

こちらは、バリューチェーンの基本構造を示したチャートです。バリューチェーンは、川上の「設計・素材・部品」から、中央の「組み立て」を経て、川下の「物流・小売」へとつながっています。「Made in Japan」の時代は、これらすべての工程を日本国内の企業とサプライヤーネットワークが担い、工程ごとの営業利益率に大きな差はありませんでした。しかしグローバル化と韓国・台湾・中国の台頭によって、現在の営業利益率は、川上と川下が高く、中央の組み立てだけが落ち込む「スマイルカーブ」を描くようになっています。
組み立ての利益率が大きく下がったことで、日本が組み立てで利益を上げる時代は終わりました。組み立ては長年日本の得意分野だったため、1990年代から2000年代初頭にかけて、日本企業は大きな打撃を受けました。しかし、優れた日本企業はいち早くこの変化に気づき、戦略的な「ピボット(事業の方向転換)」を始めました。完成品をつくるのではなく、その内部に組み込まれる高度な部品をつくる、あるいは物流や小売といった川下の領域で価値を高めるという、利益率の高いスマイルカーブの両端へ軸足を移す構造転換を図りました。
私は、この構造転換を「舞の海戦略」と呼んでいます。
かつての相撲界では、曙や貴乃花のような体格の大きな力士が活躍していました。その中で人気を集めていたのが舞の海です。舞の海の体格は曙の3分の1ほどしかありませんでしたが、取組ごとに新しい戦略と多彩な技を繰り出して勝利を重ねたことから、「技のデパート」と呼ばれていました。
世界における日本企業の立ち位置も同じ構図にあります。中国などは、あらゆる分野で曙のような巨大な存在として立ちはだかります。こうした相手に対して日本企業が規模で勝てる時代は終わったからこそ、舞の海が技で勝ったように、技術で勝つための戦略が必要となっています。
小柄な力士にたとえていますが、「舞の海戦略」は中小企業や中堅企業に限った話ではありません。日立製作所、富士フイルム、日本製鉄、レゾナックなどの大企業が、この戦略によるピボットを進めています。つまり「舞の海戦略」とは、日本の大企業が、ディープテック(科学的な発見や高度な技術に基づく革新)を武器に事業の軸足を移すイノベーション戦略なのです。
私は、この「舞の海戦略」を推し進める企業を、従来型の日本企業を指す「JTC(Japan Traditional Company)」と対比して、「JNC(Japan New Company)」と名付けました。JNCの特徴を明らかにするため、リーマン・ショックを含め多くの日本企業が苦しんでいた2000年代に、高い利益率を維持していた企業の経営者にヒアリングを行いました。その結果、彼らには「7つのP」という共通の特徴があることがわかりました。

日本企業は決して衰退しているわけではありません。日本企業は「Made in Japan」から「Japan Inside」へと進化を遂げ、「舞の海戦略」によってディープテック領域で勝ちつつあります。そして、「7つのP」を備えた「JNC」こそが、これからの日本の変革と成長を牽引していくと考えています。
レゾナックHDが進める事業変革
リンクアンドモチベーション 冨樫:続きまして、レゾナック・ホールディングスの髙橋様、お願いいたします。
レゾナックHD 髙橋氏:私からは、レゾナック・ホールディングスの事業変革についてご紹介します。当社は連結売上高約1兆3,000億円、従業員数約2万2,000人の会社です。現在は半導体・電子材料事業を注力事業に位置づけており、そこに軸足を移すため、同事業が売上高の50%以上を占めるようにポートフォリオを組み替えています。
こうした取り組みの発端となったのが、私が2015年に旧・昭和電工へ中途入社した際に行った営業利益の分析です。当時の当社の事業は、まさにスマイルカーブの底にあたる、リスクが高く利益率の低い「コモディティ」の領域に位置していました。この状況から脱却し、付加価値の高いスペシャリティケミカル(特定の機能を持つ高機能化学品)へシフトするため、半導体材料に強みを持つ日立化成と統合しました。さらに、化学メーカーが陥りがちなコングロマリット・ディスカウント(多くの事業を抱える企業の価値が、事業ごとの価値の合計より低く評価されること)を解消するため、「戦略に合致しているか」「採算性が当社のハードルレート(投資判断の基準となる最低利回り)を超えているか」「当社がその事業のベストオーナーか」という3つの視点で事業を見極め、2021年からの約5年間で18の事業を売却・独立させました。
当社の強みとしては、半導体の後工程で重要となる材料を数多く保有している点にあります。後工程の主要な材料は15種類ほどあるとされ、そのうち10種類ほどをレゾナックが保有しています。これほど多くの主要材料を持つメーカーは、ほかにありません。
また、当社は「共創」を掲げ、さまざまな企業と協力しています。その取り組みの場の一つが「パッケージングソリューションセンター」です。このセンターには後工程の実際の製造装置がそろっており、後工程を自社で再現できます。主要材料の10種類ほどを自社で持っているからこそ、材料を組み合わせたプロセス全体を検証できます。半導体メーカーの方々にオープンイノベーションの場として来ていただき、実際に試していただきながら、最先端の技術について議論を重ねています。また、当社は同センターなどを拠点とする多くのコンソーシアム(企業連合)を設立し、推進しています。

こうした事業変革や共創の取り組みを推進するうえで、非常に大事になるのが個の能力と組織文化です。人の能力を育て、文化を変えることは非常に力のいる仕事であるため、私は社長に就任した当初から「組織文化の変革には10年かかる」と話し、必ずやり続けると決めてチームで取り組んできました。
当初からよく伝えていましたが、戦略やポートフォリオはコモディティ化しています。大手化学メーカーの中期経営計画を見ても似た戦略が並んでいますし、AIを使えば、似たような戦略が作れる時代です。そのため、差別化の唯一の要因は「ちゃんとやりきれる人材がいるかどうか」だと思っています。現場でちゃんと手を動かし、やりきる人材がいるかどうかが重要であり、だからこそ人材を育てたいという話をしています。
ただし、どのような人材を育てるかは、事業の方向性によって決まります。人的資本経営における人材戦略は、ポートフォリオ戦略と連動していなければなりません。当社は、従来の「作れば売れる」という製造主導型から、顧客と試行錯誤を重ねながら製品をすり合わせていく「共創型」のビジネスへ移行しており、それを担える人材が欠かせません。経営戦略と人材戦略を「一気通貫」でつなげていることが、当社の強みだと考えています。
もう一つの柱である組織文化の変革で最初に着手したのが、パーパスとバリューの策定です。規模も従業員数も同程度の2つの会社が統合すると、使う言葉も文化も異なります。どちらか一方に合わせるのではなく、新しい文化をつくることが重要だと考え、1つのパーパスと4つのバリューをつくりました。

そして私は、社長就任時の挨拶で「この4つのバリューを持っていない人には、当社に在籍してほしくない」と宣言しました。ただ、バリューを掲げても、具体的にどのような行動が求められるのかを全員が理解するまでには時間がかかります。そのため、就任当初から評価に反映させることはせず、時間をかけて浸透に取り組みました。そして4年が経過した今年、バリューに沿った行動について社内の相場観ができたと判断し、「今年からは、バリューのない人にはネガティブフィードバックをしていきます」と宣言しました。
組織文化の変革と並行して、経営体制の見直しも行いました。統合した2社の執行役員は合計33人いましたが、これを12人まで減らしました。選抜にあたっては、公平性を期すため外部アセスメントを活用しました。既存の役員をそのまま留任させるのではなく、まず組織に必要な「ポジション」を客観的に定義し、そこに外部評価で選ばれた人材をあてはめていきました。さらに、選ばれた執行役員は全員、全社業績に連動して評価する仕組みにしました。事業部長が自事業部のために部分最適な行動をとると会社はよくならないため、全体最適を考えてもらうための体制です。
こうしたパーパスやバリューの重要性は、AIの時代にさらに高まると考えています。最近は、AIによって何が起こるのかをずっと考えていますが、AIには「志」がなく、「価値判断」もしません。そして「イノベーション」もあまりできません。
この3つは、私と当社のCHROである今井が従業員に伝え続けてきた「パーパス」「バリュー」「共創」の重要性と重なります。志はパーパスから、価値判断はバリューから、イノベーションは心理的安全性と多様性を確保したうえでの共創から生まれるためです。AIにできないこれらの部分こそが、これからの人の価値になります。そのため従業員には、「フェーズが変わって、この3つを持っていない人は不要な世界になった」と伝えています。

こうした文化改革を含め、私は一貫して「変革と創造」を行ってきました。変革と創造の特徴は「事前の非連続性」と「事後の常識性」です。実行する前は非連続で周囲を驚かせても、実行した後には当たり前の常識になるということです。例えば、私が社長に就任した2022年1月より前は、社員は全員スーツを着ていました。しかし就任直後、私はジーンズ姿で登場し、「今年からカジュアルOK、ジーンズOKです」と宣言しました。また、社内にはメールでも相手を役職名で呼ぶ文化がありましたが、すべて「さん」付けに改めました。どちらも当時は驚かれましたが、今ではすっかり当たり前になっています。
経営者に特に求められること
リンクアンドモチベーション 冨樫:ここまでのお話は、本セッションのテーマにも深く通じるところがあります。日本企業の強みを活かす「舞の海戦略」や「7つのP」、「変革と創造」といったお話がありましたが、これらを実践していくうえでは、経営者やCHROをはじめとする経営陣の役割が極めて重要になると思います。そのために必要なのは、どのようなことなのでしょうか。
ウリケ・シェーデ氏:まず不可欠なのは「長期的なビジョン」です。10年、20年先に自分たちがどこへ向かうのか。もちろん20年後の世界情勢を正確に予測することは不可能ですが、日本の企業は3〜5年という比較的短い期間の「中期経営計画」をつくることに一生懸命になりがちです。中計はオペレーションや効率性、財務面では必要かもしれませんが、企業の本質としては「どのようなパーパス(存在意義)のために事業を行うのか」をより長期的に考えるべきです。最近、JTCの落とし穴を研究していますが、中計を立てることが目的化しているケースが多く見られます。直近3年間のプランはあっても、その先の「長期戦略」が欠落しているのです。
レゾナックHD 髙橋氏:全く同感です。そのため、当社では中期経営計画を策定しないことにしました。日本企業の中期経営計画は、3年間や5年間の「数字の積み上げ」になっているケースがほとんどです。損益計算書を作って売り上げを何%伸ばし、利益をいくらにするかという議論ばかりしてるのを見て、「この人たちは何を言っているんだろう」と感じていました。だからこそ、「中計は策定しない」と宣言したんです。
私が2015年に旧・昭和電工に入社した際も、「12月に発表する中期経営計画を完成させてほしい」と頼まれました。担当者に状況を聞くと「髙橋さん、安心してください。数字はもうできています」と言うのです。「では、どのような戦略を立てているのか」と聞いたら、「戦略はこれからです」と。数字が先にあって戦略がないということに非常に驚きました。ですが、日本の会社は、どこも似たような状況なんですよね。新しく社長になられた方が「中計をつくらなきゃ」と腕を組んで悩んでいるのを見ると、やはり疑問に感じてしまいます。

リンクアンドモチベーション 冨樫:ご自身がトップに立たれたら中計はやめようと、その頃から決めていらっしゃったのですね。実際のところ、レゾナックさんでは3年や5年スパンといった数字の計画自体は全く存在しないのでしょうか?
レゾナックHD 髙橋氏:社内では「5カ年ローリング」という大まかな見通しは持っています。工場などのキャパシティや採用計画など、オペレーション上の予測は必要だからです。ただし、経営陣の議論は徹底して「戦略中心」にしています。今何が起きていて、何をなすべきか、それが5年後にどういうビジョンにつながるのか。特に研究開発において「次にどの一手を打つべきか」という本質的な議論に時間を割くようにしています。
リンクアンドモチベーション 冨樫:これまでのお話を踏まえると、経営者や役員陣に求められるのは、目先の数字や中計の作成ではなく、長期的なビジョンの策定や人材・組織文化の醸成といった領域だということですね。
ウリケ・シェーデ氏:髙橋さんのお話を受けて、もう一つ重要だと感じたのは「社員のエンゲージメント」です。誰もが自発的かつ積極的に経営に参加できるような、組織の雰囲気をつくることです。
レゾナックHD 髙橋氏:エンゲージメントが高い状態というのは、社員みんなが「もう一歩がんばろう」と思えている状態のことです。それが結果として生産性に直結していく。そして、経営者に特に求められる資質は、「覚悟と信念」だと思います。
ウリケ・シェーデ氏:髙橋さんから見て、「覚悟と信念」を持って本気で自社を変革・改革したいと考えている日本の経営者の方々へ、何かアドバイスはありますか?
レゾナックHD 髙橋氏:一番伝えたいのは、「社長一人では改革はできない」ということです。「覚悟と信念」をトップが持つのは当然の前提条件ですが、変革を成功させるための十分条件は「最高のチーム」がいることです。私自身もCHROの今井という最高のパートナーがいたからこそ、折れずに変革を続けられています。一人では心が折れてしまうような組織文化の変革も、壁打ちしながら「大丈夫ですよ」と支え合えるパートナーやチームがいるからこそ、やり抜くことができると感じています。
日本は変わることができる
リンクアンドモチベーション 冨樫:最後に、本日ご視聴いただいた皆様へぜひ一言ずつメッセージをいただきたいと思います。
ウリケ・シェーデ氏:髙橋さんがおっしゃったように、「覚悟と信念」は必要な条件で、そのうえにビジョンとエネルギー、そしてチームが必要だと思います。そして、「舞の海戦略」のようなピボットのためには、チームのエネルギーが必要です。私は、そのピボットを実現することで日本は変わることができると思っています。
レゾナックHD 髙橋氏:ずっとお話してきた通りHRは、人事というより会社の戦略だと思っています。そのため、皆さんはCEOのパートナーになるという気持ちで、ぜひ切磋琢磨しながら成長していただければと思います。
リンクアンドモチベーション 冨樫:お二方、本当にありがとうございました。グローバルな研究の目線から見ても「日本は変わることができる」とおっしゃっていただき、また目覚ましい変革を遂げられていらっしゃる髙橋さんのお話も大変力強いものがありました。
覚悟と信念を持って実践していくということを、私も皆様とともに進めていければ嬉しく思います。ご登壇いただいたお二方、ならびに視聴者の皆様、ありがとうございました。

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