
梁取教授×auフィナンシャルホールディングス CHRO 米国経営学会 発表予定の研究から読み解く人的資本経営の実践 「HR Transformation Summit 2024」イベントレポート
世界は変化し、AIなどの技術進化に注目が集まっていますが、資源に乏しいこの国にとって本当に注目すべきは最大の資源となりうる「人・組織」です。「人・組織」の力を成長エンジンとして未来を創る。私たちはそんな意志を持ち、「HR Transformation Summit 2024」を開催しました。
Session5では、早稲田大学 商学学術院の梁取美夫氏、auフィナンシャルホールディングス株式会社 CHROの白岩徹氏をお招きし、「最新研究から読み解く人的資本経営の実践~米国経営学会 発表予定研究の共有~」というテーマでトークセッションを行いました。
【イベント実施日】
2024年7月30日
【スピーカー】
・早稲田大学 商学学術院 教授 梁取 美夫 氏
・auフィナンシャルホールディングス株式会社 取締役副社長 CHRO 白岩 徹 氏
【モデレーター】
・オープンワーク株式会社 代表取締役社長 大澤 陽樹
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クチコミが良い会社は業績も良いのか?
オープンワーク 大澤:本日は、「最新研究から読み解く人的資本経営の実践~米国経営学会 発表予定研究の共有~」というテーマでトークセッションを行ってまいります。
モデレーターを務めさせていただきます、オープンワーク株式会社、代表取締役社長の大澤と申します。我々オープンワークは、日本最大級の「社員クチコミ情報サービス」を運営しています。簡単に言うと、「食べログ」の会社版のようなサービスで、社員クチコミを集めて会社の情報をご提供しています。現在、ユーザー数は630万人(※)を超えており、このうち学生ユーザーでは就活生のおよそ5人に3人が使っているサービスです。
(※)2024年7月時点
本日ご登壇いただく梁取先生と弊社は共同研究を進めています。オープンワークのクチコミデータを分析して、企業の業績との相関をみる研究です。この研究は日本では未発表の内容ですが、本日はこの後、梁取先生からご紹介いただきます。では早速、「人的資本と企業経営の最新研究紹介」ということで梁取先生、プレゼンテーションをお願いします。
早稲田大学 梁取氏:本日、ご紹介させていただく研究のテーマは、「従業員のクチコミデータは、企業業績を予測するのか?」というものです。「クチコミのスコアが良い企業は業績が高くなるのではないか?」という仮説を立て、オープンワークさんからクチコミデータをご提供いただいて、分析を進めてまいりました。
「クチコミが企業業績を予測するか」ということに関しては、まったく根拠なく研究しているわけではなく、人事管理の研究の世界では一定のコンセンサスを得ている考え方に基づいています。それが、以下のスライドです。
左に「人事制度」がありますが、それが「従業員態度」に影響を与え、その結果、「企業業績」が上がっていくというモデルです。従業員の「態度」と言うと、一般的には態度が良いとか悪いとか、そういったイメージをしがちですが、ここで言う「態度」はそういう意味ではありません。働いている人たちが、自分の組織に対してどう感じているか、あるいは、どう評価しているかというようなことです。たとえば、「職務満足度」や「処遇の適正さ」「風通しの良さ」などが、従業員態度が指すものです。
会社に対する満足度が高く、かつ「自分は適正に処遇されている」と考えている従業員、つまり、態度の良い従業員は、組織のために頑張ろうと懸命に働くので、その結果として業績が上がっていくというモデルです。
私も、日本企業を対象にこうした研究をしたいと思っていたのですが、研究者にとって大変なのがデータの収集です。業績に関しては、上場企業であればデータにアクセスできますが、いろいろな企業の人事制度、あるいは働いている従業員の態度に関するデータを取るのは簡単ではありません。そこで、「クチコミデータ」に着目し、オープンワークさんにご提供をお願いしたという経緯がございます。
クチコミデータには、モチベーションや職務満足度、風通しの良さなどのスコアがあります。こうしたスコアは、まさに従業員態度を反映するものです。ですから、従業員態度に関しては、オープンワークさんのクチコミデータを使わせていただくことにしました。本当は、人事制度、従業員態度、企業業績の3つの関連を調べたいのですが、とりあえずは右の2つ、クチコミデータ(従業員態度)と企業業績の相関を見ていこうと、分析を始めました。
つまり「オープンワークのクチコミに反映されていると考えられる従業員態度が、企業業績に影響を与えているのか」という分析です。これを平たく言えば冒頭にお話しした「クチコミが企業業績を予測するか」となる訳です。当たり前ですが、クチコミそのものが業績に影響を与えるわけではなく、そこははっきりしておかなければいけません。
従業員態度が企業業績に良い影響を与えるとしたときに、よく言われるのが、「因果が逆ではないか」ということです。つまり、業績が良いから従業員の態度が良くなるという考え方です。「逆もまた然りではないか」という議論は当然、出てくるわけです。
業績が良い企業は、従業員に還元しようとするので、給料が上がったりボーナスが上がったりします。また、自分が働いている会社の業績が良くて、見通しが良いということは、そもそも気持ちのいいことです。その結果として従業員態度が改善するというのは、全くもってその通りなんだろうと思います。
さらに言えば、前年のクチコミは翌年のクチコミのベースになりますし、前年の業績は翌年の業績のベースになります。そう考えると、以下のスライドのように矢印が混在しているわけです。それならもう、この矢印を全部一緒に分析してしまおうということで研究を進めてきました。
分析の結果ですが、それぞれの矢印、すべてが統計的にプラスに有意でした。「業績が良ければ翌年のクチコミが良くなる」という結果も出ましたし、その逆の、我々が一番気になっていた「クチコミが良ければ翌年の業績も良くなる」という結果も確認できました。
どのくらい影響があるのかも見てみたのですが、クチコミの平均が1.0ポイント上がると、翌年のROAが1.0%ポイント上がるということが分かりました。想像以上に影響度が大きいことがお分かりになるでしょう。
オープンワーク 大澤:OpenWorkのクチコミは5点満点なので、3点を4点にする、つまり1.0ポイント上げるのは一般的にはとても難しいことになります。
早稲田大学 梁取氏:おっしゃるとおりです。手もとのデータによるとサンプルのクチコミ平均がおよそ3点です。標準偏差が0.3ですので、計算すると平均の3.0から1.0ポイント上がり4点になると一気にサンプルのトップ1%になります。平均的な状態の企業がクチコミでトップ1%に入るような状態になれば、ROAが1.0%ポイント上がるというのは、それほどおかしな数字ではありません。
繰り返しになりますが、「クチコミ、あるいはクチコミに反映されている従業員の態度は、その後の業績に影響を与える」ということです。冒頭のスライドに戻ると、右の2つである「従業員態度」と「企業業績」の相関は確認できました。では、何が従業員態度に影響を与えるのかと言うと、やはり「人事制度」です。そういった意味で、今回の研究では、企業が人事制度に投資することのリターンを、ある程度はお見せできたのではないかと思っています。
OpenWorkと言うと、就活生や求職者が見るものだというイメージがあります。ですが、今申し上げたとおり、従業員のクチコミデータがある程度、企業業績の先行指標になるわけですから、投資家など、各種のステークホルダーにとっても十分に有益な情報だと言えます。また、自社で従業員サーベイなどを行っている会社は多いと思いますが、自分たちが集めたデータと第三者が集めたデータを照らし合わせてみると、また別のものが見えてくるのではないかなと思います。
人事領域でグループ各社にどのような付加価値を与えられるか
オープンワーク 大澤:それでは、トークセッションに入っていきたいと思います。始めに白岩様、auフィナンシャルホールディングスのことを教えていただいてもよろしいでしょうか。
auフィナンシャルホールディングス 白岩氏:私が今、CHROを務めているauフィナンシャルホールディングスは2019年に設立された会社で、KDDIの100%子会社になります。持ち株会社として、保険や銀行など金融領域の様々なグループ会社を持っています。
上のスライドで示していますが、グループ会社によって出資比率が違っています。こうした組織ストラクチャーのなかでは、それぞれの会社と意見交換、対話をしながらグループ経営を実践していくことが非常に重要であると考えています。
オープンワーク 大澤:白岩様にいくつかお伺いしたいのですが、まず、「20年以上の現場経験があるからこそ感じた、KDDIでの人的資本経営における課題とは?」という質問をご用意しています。こちらについて、いかがでしょうか。
auフィナンシャルホールディングス 白岩氏:私はKDDIで20年以上、現場にいて、そのなかでも長く営業現場にいました。当時、営業と人事の関わりと言えば、勤怠を出して給与計算をしてもらうとか、社宅の手配をしてもらうとか、そういったことくらいしかありませんでした。営業から人事を見ていつも感じていたのは、事務的だということです。「俺たちは一生懸命汗をかいているのに」というような気持ちがあったのも事実です。
そんな私が、まさに青天の霹靂でしたが、入社22年目の2013年に人事部長をやることになったんです。本当に、何をどう運営していいのかも分からないというのが、就任当初の心境でした。
当時はまだ「人的資本経営」という言葉もありませんでしたし、人材育成一つとっても、十分に整備されていなかったと思います。我々の世代はどちらかと言うと、先輩の背中を見て学んできた世代であり、当時の人事も、体系的に人材育成をしていこうというような動きはそれほどありませんでした。そのあたりが、当時の課題だったと思います。
営業時代から人事は事務的だと思っていましたが、実際に人事に入ってみて、極めてオペレーショナルな業務だと実感しました。今でこそ、「経営戦略と人事戦略の連動が大事だ」といったことが盛んに言われるようになっていますが、当時のKDDIはまだオペレーションが中心の人事だったと思います。
オープンワーク 大澤:今、KDDIさんは人的資本経営の先進企業として取り上げられることも多くなっていますが、2013年の状態から、何をどのように変えていったのでしょうか?
auフィナンシャルホールディングス 白岩氏:人事部門の責任者になって思ったのは、「他社の人事を知りたい」ということでした。業績を伸ばしている会社の人事って何をやっているんだろう?というのが、率直な疑問でした。営業時代から、どんどん外に出ていろんな話を聞いて吸収するタイプでしたから、とにかく多くの会社のHRの責任者の方と対話をさせていただきました。そのなかで感じたのは、「堅調に業績を伸ばしている企業は、脈々と人材育成に取り組んでいる」ということでした。人材育成に投資しなきゃダメだと思い、それから、人事のなかに人材育成部門を取り込んで人材育成の体系化に着手しました。
当時、難しかったのは経営との一体化です。人事に来た当初は、何か自分のWillが空回りしているような気持ち悪さがありました。なぜだろう?と考えたとき、人事の仕事が経営と結びついていないからだと思ったんです。人事の課題を経営に届け、もっとダイアログしていかなければいけないと強く思い、CEOとの定期的な1on1をスタートしました。
オープンワーク 大澤:その後、白岩様は2023年にauフィナンシャルホールディングスに移られて、CHROとしてご活躍されています。次にお伺いしたいのが、「事業内容も異なれば、出資比率も異なる複数社を束ねるホールディングスのCHROとは?」という質問です。こちらについては、いかがでしょうか。
auフィナンシャルホールディングス 白岩氏:auフィナンシャルホールディングスは、冒頭でお示ししたような組織のストラクチャーがあります。もちろん、グループ会社によって事業が異なり、それぞれの会社にそれぞれの歴史があります。そこに、後付けでホールディングスが出来上がったという形です。各社に人事部門はありましたが、横のつながりはほとんどありませんでした。だからこそ、ホールディングス会社にCHROというポストを置く意味は大きなものだと感じています。
ホールディングスのCHROは、各社の人事部長とは違う責任を負っていると思っています。私は、グループ各社の事業課題も人事課題も分かっていなかったので、就任してからの1年間は、今でもそうですが、とにかく各社との対話に努めました。定期的に各社のCEOや取締役と意見交換をしたり、各社のマネジメント層と繰り返し1on1を行ったりしてきました。こうして各社の課題を把握したうえで、「ホールディングスとして、人事領域でどのような付加価値を与えることができるのか?」ということを考えました。
昨年実施したのが、教育プラットフォームの一元化です。グループ各社が別々で行っていた新任マネジャー研修を共通化することからスタートしました。やってみると、各社の社長から、「新任マネジャーだけでなく、既存のマネジャー向けにも共通の研修をやってほしい」といった声をもらうようになりました。
制度も違えば、歴史も違う会社を束ねるのは決して簡単ではありませんが、常に横を見ながら、人事の観点で何ができるのかを 考えていくことが大事だと思っています。ただ、個人的には制度の共通化は行う べきではないと考えています。同じ金融フィールドとはいえ、銀行業界とクレジット業界ではまったく違うので、制度を統一することがプラスになるとは思えません。
オープンワーク 大澤:最後の質問です。「人的資本経営におけるKPIは、どう設定するべきか?」という質問には、梁取先生、いかがでしょうか。
早稲田大学 梁取氏:企業ごとに設定すべきKPIは異なります。「研究者として、こういうストーリーで人的資本経営を見ています」というお話をしたら、ひょっとしたらヒントになるかもしれないと思いますので、「考え方」をお伝えしたいと思います。
冒頭で示した「人事制度 → 従業員態度 → 企業業績」のモデルは、実は以下のスライドが元になっています。
左にある「人事制度」は、大きく3つの機能があります。一つは働いている人たちの「能力を高める制度」です。採用や研修、タレントマネジメントといった世界です。2つ目が、働いている人たちの「モチベーションを高める制度」です。報酬制度や1on1、パフォーマンスマネジメントなどがこちらになります。3つ目が「貢献の機会を提供する制度」です。従業員の意見を吸い上げる制度や、チームをつくって自立的に考えさせる制度などが挙げられるでしょう。
このような人事制度を行うことで、働いている人たちの「態度」が高まります。これは、先ほど申し上げたとおりです。態度以外にもう一つ重要なのが、働いている人たちの「質」、能力ですね。この「態度」と「質」がうまく重なると、ビジネスのパフォーマンスが高まり、業務成績が上がり、その結果として利益が上がるという絵を描いています。
「業務成績」のKPIは企業によって変わってくると思います。人事の研究でよく使われるのは、「従業員一人当たりの売上」ですが、その他にも、たとえばイノベーションを起こして新しいものを投入していきたい企業であれば特許取得件数など、営業組織であれば顧客獲得数など、スタートアップであれば成長率などが考えられるでしょう。いずれにしても、「業務成績」は、利益はともかくとして、ビジネスとしてうまく回っているかどうかに着目します。
上のスライドで示しているのが、人事制度がうまく回っているかどうかを見る指標になるものです。先ほど申し上げたように、大きく3つに分けて考えています。
「能力を高める制度」に関しては、「内定率」や「研修への投資額」などが指標になります。「モチベーションを高める制度」に関しては、やはり「給与」ですね。同業他社と比べて、どのくらいの水準にあるのかということです。「給与格差」というのは、最近よく言われている男女給与格差のことで、不公平な給与格差がないようにしなければいけません。「貢献の機会を提供する制度」に関しては、こうした場をどのような形でつくっているかという話で、「情報開示の程度」や「プロジェクトチームの活用の程度」などを挙げています。
上のスライドで示しているのが、人事制度がうまく回っている結果として、アウトカムが出ているかどうかという話です。ここにもまた、指標が存在すると思います。
人事制度のアウトカムは、人材の「質」と「態度」の2つに分けて考えています。人材の「態度」のほうは、従業員サーベイのスコアが一番良いと思います。人材の「質」は、客観的に測れる部分と測れない部分があります。勤続年数や男女比、あるいは学歴を数値化してみるというのもあります。また、研究でよくあるのが、「あなたの組織の人材はどれくらいのレベルなのか評価してください」といった質問をすることです。
例を考えてみたのですが、たとえばJリーグでは、このチームは守備力が10段階で8、攻撃力が10段階で9というような指標がありますよね。専門家の力が必要になるところですが、このように人材の質を数値化できるのではないかと思っています。役員に関してはスキルマトリクスがありますが、スキルマトリクスは「あるかないか」のイチゼロです。実際には0.8の人もいれば、0.2の人もいるわけで、こうした部分を細かく評価してみてはいかがでしょうかという、私からの提案になります。
まとめになりますが、人事制度の研究者としてはまずは、人事制度がうまく回っているかどうかということに着目します。その結果として、従業員が求める人材になっていて、気持ち良く働ける状況をつくれているのであれば、業務成績が上がり、財務成績も上がっていくというモデルを描けると思います。また、こうしたストーリーがあったほうが、投資家も「そういうことなのか」というように納得感が高まるのではないでしょうか。
オープンワーク 大澤:最後に、視聴者のみなさまにメッセージをお願いします。
auフィナンシャルホールディングス 白岩氏:人事の世界ですから、パーフェクトというのはとても難しいですし、存在しないのかもしれません。ですが、人事の領域で何かしらの変化を生み出し、経営にポジティブな影響を与えるのは我々の仕事です。私自身、これまで学んできたことを新たなフィールドでも実践し、グループ全体の企業価値向上に結びつけられる人事であり、CHROでありたいと思っています。
早稲田大学 梁取氏:人に投資することで業績が上がるのであれば、何でみんなやらないの?という疑問があると思います。この疑問に対して、ある有名な先生が言ったことをご紹介します。
まず、その理論を理解して、実際にやろうと思う人は半分しかいない。その半分の人も、全体のストーリーを考えて戦略的に実行できる人は半分しかいない。そしてたとえ人に投資をしても、人の態度が変わり、業績につながるまでにはそれなりの時間がかかる。投資のリターンが得られないうちに、「やっぱり無理だ」とやめてしまう人がさらに半分いる。そうすると、最後まで残るのは8分の1になるという話です。
人的資本経営は、すぐに結果が出るものではなく、長期の取り組みになりますが、やり続ければリターンが得られる確率が高いものだと思います。ぜひ積極的に人に投資していただきたいなと思います。
オープンワーク 大澤:ありがとうございます。お二方からもいただきましたが、人的資本経営に取り組むことは、非常にタフで、なかなか変わりにくいものだと思います。ですが、OpenWorkのスコア上、大企業でも3年ほどしっかり取り組むことで、スコアが改善されていく傾向も見られております。
答えのない世界ですが、視聴者の皆様と共に人的資本経営を探求しながら、世の中に良い組織・良い会社を増やしていくチャレンジをしていければと思います。
以上をもちまして、トークセッションは終了とさせていただきます。ご登壇いただいたお二方、ならびに視聴者のみなさま、ありがとうございました。
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